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2013/05/17

廃棄/モノづくり/コミュティ その2

東京芸大でのレクチャー「アートコミュニティの形成 ー廃棄/ものづくり/コミュニティ」の第1回目へ。東京都美術館「とびらプロジェクト」のオープニングレクチャーでもあり、ミルグラフから出版される『クリエイティブリユース ー循環するモノ・コト・ヒト』の収録講演でもあるこのイベント、午前の部に産業廃棄物を取り扱う株式会社ナカダイの中台澄之さん、午後の部に「ファブリケーション」の世界的なネットワークをつくるFabLab Japan代表の田中浩也さんの登壇でした。

その1では、ナカダイさんのレクチャーについて書いてて、そして後半は、午後1時から「リペア・デザイン」と題して、FabLabの田中浩也さん。ぼくが通っていた大学の先生でもあって、「626」というカフェをぼくが所属していた加藤文俊研究室と、田中浩也研究室で協働運営していたことがありました。ちょうどその2008年ころ、FabLabの活動を知ったそうです。

「WebからFabへ」というコンセプト。ブログやSNSを通じて「総表現者時代」と呼ばれて久しいが、言葉や情報だけでなく、モノづくりの領域まで民主化しているといいます。それは、PC上で設計したものを、3Dプリンターやレーザーカッターで切り出し、それを組み合わせることで、例えばiPhoneケースからイスや机まで、まるで工場でつくったようなクオリティで作り出せてしまう。


「ホモ・ファベル(=工作人)」という言葉にも使われている「Fab」は、「つくる・組み立てる」ということを意味しています。

で、田中さんが主宰している「FabLab」というのは「市民のためのデジタル工作室」ともいうべき場所で、世界各地にFabLabという名称の場所がたくさんある。先進国の都市だけでなく、インドの西側、道路も舗装されていないし電気もろくにまわっていないようなところにも、FabLabはあるといいます。http://fablabjapan.org/

そこで、小学生がインターネットの電波を受信するためにレーザーカッターと木片をつかって作った「Fab-Fi」は、その村の各家々で使われている、というエピソードが示唆的だったのは、必要な分だけつくりだすことができる、ということ。工場だと、1000とか10000とか生産して、それを全部使いきらなければなりません。

また、面白かったのはアムステルダムのFabLab(http://fablab.waag.org/)のことで、もともと古くなった邸宅をアーティストがスクウォット(不法占拠)してFabLab的活動をしていた場所を行政が認め、今では市民の仕事後の溜まり場になっている、という。「リペア・カフェ」と題して、家庭で不要なものを持ち寄って別のモノにつくりかえるワークショップなど、まるで部活のようにいろんな活動が展開しているみたいです。

中でも注目したのは、高齢者や障がい者の人たちから”使いにくい日用品”についての意見(というか不満)を聞き出し、その人が必要としている者をつくりだす、という活動。「リモコンにボタンが多すぎて困るのよ!チャンネルと音量の上下と、電源の3つだけでいいわ」という意見に対して、本当にそういうリモコンを3Dプリンターとaudinoでつくりだしてしまう、みたいな。

「クリエイティブリユース」に則した話では、「リペア」という言葉が使われていました。樹脂や木材から新しくつくりだすことだけではなく、すでにある役目を終えたものを、別の用途につくりかえる。紹介されたKevin Byrdのテーブル(http://blog.ponoko.com/2011/09/29/designing-for-exhibitions/)は、元の状態に戻すのではなく、別の面白さを付け加えるというFab的な文化を象徴していました。

面白いなぁ、と思うのは、この活動がまるで大人たちにとって「遊び」のようだ、ということ。みんなで集まってワクワクしながらものをつくって、自分の生活を面白くしていくこと。自分でつくったものを人に見せたり使ってもらったりするのは素朴な喜びに満ちてる。自分でつくった食べ物とかもそうだけど。

そうやって醸成されていくのは「文化」なわけで。人の溜まり場が生まれ、そこからモノゴトが生まれ、人の生活が少しづつかわっていく。遊びの欲動が集まると、文化になるんだ…。と感じ入ってしまいました。

で、田中さんがFab的な活動の一つの課題としてあげていたのが、日本の「製造物責任法(Product reliability)」。メーカーが製造した物は、解体をしてはいけない、という法律があることでした。

実際、インドネシアのFabLabで作られていた、「寝たきりのおばあちゃんに寝返りをさせるためのベッド」などは、日本の壊れた洗濯機から抜き取られた部品が多く使われていて、日本の製品はそういう部品の宝庫だそうです。そういう行為を、田中さんは「ハック」と呼んでいました。

PL法のロジックは、製品の解体の過程で人が怪我をしたり、万が一人命を落としたりした場合、メーカーが責任を取れないにも関わらず、メーカーのせいにされても困るから、ということ。

このことに対して田中さんの提案は、メーカーとユーザーというコミュニティの中で、責任を相互に承認し、解体したり改造したりする「自由」の領域を確保する、のがよいのでは?と言うことでした。

たしかに、子どもの怪我は、常にそこで遊ばせた親の責任でもあり、子どもの責任でもある。子どもと親とが相互に責任を承認しあっていれば、問題はない。まぁ子どもの問題の場合は、間に学校が入ってきて教師の責任を親が問い詰める、ということはよくある。だから難しいのだけど。

そう、ここでもう一度面白いなぁと思ったのは、「遊び」から「文化」へと発展していったものに対して、「制度(法)」が書き換えを迫られる、ということ。生活をよりよくしたい、という欲動が集まって文化が生まれ、活動が広がる。それを制度が抑圧するか、放ったらかしにするか、あるいは整理するか。

「遊び」から「文化」が生まれ、それに突き上げられるようで「制度」が書き変わっていく。抑えきれない楽しさや面白さへの欲求が躍動し、社会の空気はおろか、制度まで書き換えていく。これがムーブメントってやつか。

そしてこの草の根的な活動の繁殖が社会を変えていく構造は、最近の傾向でもある。人びとの欲求は集積し、ある種の文化の様相を成す。ここで考えたいのは、「制度」の応答力を高めていくことです。「行政はいろいろうるさいからだからもう民間で自由にやればよくね」ということでは、ヤバイ。

何がヤバイかというと、行政が嫉妬してそういう自由を刈り取りに来るから。そういうムーブメントの面白さを行政がよりよく理解し、よりよい市民社会のために応答し、制度を守るのではなく書き換えていく力こそ、この変化の時代に問われていると思いました。

次回、明後日の講演がたのしみです。



2013/05/14

廃棄/モノづくり/コミュニティ その1


東京芸大でのレクチャー「アートコミュニティの形成 ー廃棄/ものづくり/コミュニティ」の第1回目へ。東京都美術館「とびらプロジェクト」のオープニングレクチャーでもあり、ミルグラフから出版される『クリエイティブリユース ー循環するモノ・コト・ヒト』の収録講演でもあるこのイベント、午前の部に産業廃棄物を取り扱う株式会社ナカダイの中台澄之さん、午後の部に「ファブリケーション」の世界的なネットワークをつくるFabLab 鎌倉主宰の田中浩也さんの登壇でした。モノがぶっ壊れていくプロセスと、構築されていくプロセスの話がシンクロして、面白くて、もう前のめりで話を聞いていました。

「使い方を創造し、捨て方をデザインする」と題して、最初は中台さんのレクチャー。株式会社ナカダイは産業廃棄物の処理や再利用を手がける会社で、廃棄や埋め立てのほかに、在庫品のリサイクルショップへの卸など事業内容は多岐にわたります。(株式会社ナカダイ website http://www.nakadai.co.jp/)

その中で、特に話題を集めているのですが、いらなくなったモノの可能性を引き出す「モノ・ファクトリー」「マテリアル・ライブラリー」「工場見学」などの活動です。(その様子はAXISの「ナカダイの産業廃棄物日記」に詳しいです。http://www.axisjiku.com/jp/column_nakadai/)

ぼくも昨年の4月に工場見学をさせてもらいに行ったのですが、とにかくモノの量が圧倒的。シャンプーが1t入ってたプラスチックのケースとか、鉄の塊とか、破砕したガラスの山とか…。終末処理場感がたまりません。

産業廃棄物の処理の工程を、一般の人にもわかりやすく解説していきます。ガラスは色別に粉砕して、ラベル(紙)や、キャップ(アルミ)や、針金などの不純物を取り除き、100%ガラスにして溶かして再利用する。プラスチックも同様。木材はチップにし、紙は溶かしてすいてトイレットペーパーに。処理の過程で出た、もうリサイクルできない残渣は、1000度以上の焼却炉で焼かれるか、山を切り開いてつくった埋立地に埋めてられます。毎日30tの廃棄物が工場に集まるということで、その写真一つ一つも超ダイナミック。

今回一番響いたのは、中台さんの「モノの最後は埋めるとき」という言葉でした。様々な廃棄物の活用方法があるけれど、それはモノが埋められるまでの時間を延ばすことなのだ、と言います。リサイクルの資源となるのは半分ぐらいで、あとは全部不純物。モノファクトリーで活用されるマテリアルは全体の0.1%ぐらいだ、と言います。廃棄されたもののほとんどは、埋め立てられる運命にある。

児童館でも毎日ゴミが出てて、有料だったり、紙の分類が厳しかったりする。しかし、とりあえず言うとおりに分類しているけど、それがどういう運命を辿るものなのか、子どもも大人もよく知らない。

中台さんの言う「捨て方のデザイン」をぼくたちが生活に取り入れていくために有効な方法は、ゴミの物語を可視化し、身近にそのプロセスを体感することではないかと思いました。分類され、破砕され、またより分けられ、最後に埋め立てられるゴミたちの物語。写真で見るよりも、ミクロなスケールで体験できるようにしておくことはできないのでしょうか。

例えば、公民館や学校などに、小さい破砕機と埋め立て地とかがあって、ゴミがどのような運命を辿るのか、どれぐらい捨てると、どれぐらい埋め立てすることになるかがわかるようになっている、とか。

しかし、それをやるためには許可が必要で、産業廃棄物処理法という法律をしっかり守らなければなりません。中台さんは、これを義務教育のなかで教えるべきだ、と言います。確かに、私たちが「捨て方のデザイン」を実践するためには必要な基礎知識かも知れません。ちょっとよく勉強してみたい。

ある人にとってはいらなくなったものでも、他の人にとっては価値あるものかもしれない。一つの役目を終え捨てられたものを、一直線に埋め立ててしまうのではなく、別の可能性を多方向に広げていく。このことは、「福祉」における「ソーシャルインクルージョン」と共通した考え方であると思います。それは子どもや高齢者や障がい者の生活方法を限定して、閉じ込めてしまうのではなく、何らかの社会的実践につなげると、普通の大人には考えもつかない新しい魅力を引き出すかも知れない。まるで「マテリアルライブラリー」に並ぶモノたちのように。

しかしまぁ「ソーシャルインクルージョン」と銘打った活動は、「弱者を社会に包摂します」という政治的なアクションの色合いが強すぎて、ちょっと圧迫感を感じてしまう、というのが正直なところ。「クリエイティブリユース」という言葉も同様に、その言葉が使われなくなるぐらいごく普通の文化として、日常的実践へと馴染んでいくべきです。

中台さんのお話と、続く田中浩也さんのお話は、圧倒的な量の廃棄物を前に、われわれはそれを使うこと、修繕することを日常の実践としてやっていくべきだ、こうすればできる、という力強い提案でした。

もっともっといろんなことできるっしょ!というヨッコイショ感が、とってもエネルギッシュな中台さん。第三回「産廃サミット」が、9月に赤坂のPlus株式会社のショールームで行われるようです。「廃棄物を言い訳にしないデザイン募集」というコンペティションも行われています。6月18日〆切。ご興味のある方は応募されてみては。

(その2へ続く)

諦められない面白いこと

今日は、『Y時のはなし』のDVDの編集をお願いしている鈴木佐衣子さんとミーティング。時間はかかっているけれど、少しずつ少しずつ、形になっています。

昨日は、「アートコミュニティの形成 廃棄/モノづくり/コミュニティ」のレクチャーにいってきて、ナカダイの中台澄之さん、FabLabの田中浩也さんの話を聞いてきて、知的興奮にあふれたのち、こどもまつり終了後の三原台児童館の打ち上げにおじゃましてきました。

レクチャーの知的興奮のことはまた後日書くとして、なんで三原台の打ち上げに混ぜてもらったのかというと、お世話になっているカバちゃんと話したかったからで。カバちゃんは、ぼくが初めて東大泉児童館にいったときに担当職員だった方で、あと3年で還暦を迎える超ベテラン職員。その彼に、最近の心境の変化を報告しなきゃ、と思って。

館長から、先日の館長会でのプレゼンには「横文字」が多くて、カッコつけるな、と注意を受けました。それに付け加えてカバちゃんからは、「臼井くんの言葉を、児童館の言葉に翻訳しないと、伝わらないしもったいない」と。ぬあーーーーたしかにカッコつけてたっていうか、なんかもうまとまらない方向性をとりあえずつくろった借り物の言葉になってたかも…!と思って、ぬあああーーーー!と内心思いながら。

それでも、なかなかどうして諦められないことがある。から、いまこの活動をしてる。それはなにかというと、ぼくは子どもの遊びの風景がつまらなくなってしまうことが、たまらなく哀しい。

子どもだけで遊べる場所が少なくなって、大人のサポートが必要だから、公共がその役割を担おうじゃないか!と言って40年ぐらいまえにたくさんつくられたのが児童館。大人が率先して面白い世界に子どもを誘う、まるで異界の門だった児童館に対して、幼心にぼくはそのトキメキを憶えている。

しかしまぁ世間の目は優しくなくて、個人情報、アレルギー、トラブル、匿名のクレームなどなど、楽しいことしようっていう気持ちを萎えさせる波状攻撃は、ソフトに、しかし確実に、チクチクと、職員たちのやる気をそぎ落とし、いろんなことを「できない」構造へと取り囲んでいった。

でも、ぼくは、ナメんなって思われるかもしれないけど、職員と、子どもと、保護者と、地域の住民とが「そういうことやったら面白いかもね」という予感を共有していって、もし何か起きたときは責任を共有しようと相互に承認し合いながら、モクモクと面白い出来事が沸き上がって弾けて散らばっていく様を見たい。どうしてもそれを諦められない。若いねとか言われても!知らんわ!確かに若いけどもう26だからそこまで若くもないわ!

大人が面白いことを諦めて、子どもがその姿をみて、あーあと思いながら、世界の広がりはゲームの中だけで感じられる。全然夢とか希望とかなくね?

別に夢や希望をもってみんなで頑張ろう!みたいな気持ちはない、っていうか一つの理想や夢をみんなで共有する時代は完全に終わって、それぞれ見てる夢が違う時代になってるので、みんなで頑張るって行っても方向性バラバラで、まとまったとしても一時的じゃんそれは。でも、一時的にでもぐわっと盛り上がる瞬間をやっぱり美しいと思ってしまうし、その盛り上がりが冷めた夢の跡には、次の予兆がどこかでもう始まってるし。

とにかく「面白さ」というのは、予想を超えたことがおきたときに生まれるもので、はっとする驚きの中にこそある。しかしまぁ悪い方に予想を超えると怪我とか事故とかトラブルとかになっちゃうんだけど、「こんな面白いものに出会えると思ってなかった!」という予想を超えていく躍動感が、子どものいる環境にあってほしいものです。

もうもはや「遊びがつまんなくなってなんちゃら」とか言ってる場合じゃなくて、考えるべきは「文化」のこと。それは狭義の映画やら演劇やら音楽やらのことではなくて、人との関わり方や、働き方や、生き方のこと。40年前にできた社会システムは老朽化してるんだから、それにしたがって生きてたらしんどくなるのは必須。でも法律とか制度とかは簡単には塗り変わらない。でも空気は変わっていく。湧き上がる欲動というか、民意というか、人びとのあんなことやこんなことをしたいという気持ちがつくる文化のほうが健全なわけで、法律とか制度はそれを抑止するべきものではない。そのエネルギーによい流れを与えるもんだろう。

児童館というのは、もろもろの制度と、子どもたちの遊びの欲動と、ちょうどその狭間にいる。制度の側に立って子どもを規制するか、子どもの側に立って制度を批判するか、そのどっちでもある。だから面白いし、そのへんてこなポテンシャルを、諦められない。

はーなんか熱くなって書いてしまいました。ちゃんちゃん。







2013/05/07

予測不可能を想像する

明日は朝から児童館館長会。区役所での会合は、年に何回かしか参加できないから貴重な機会。

日頃から、現場の館長さん、職員さんの理解と共感がなければぼくらは児童館で活動することもできないわけで、ただただ受け入れてもらえていることに感謝しています。

区と協働できるようにNPO法人をつくり、遊び場をもっと面白く創造的にするプログラムをつくってきました。しかし、一過性のイベントになってしまい、継続しないこの感じ。根本的に事業の体質を変えていかなくてはと思っています。

これまでは、ぼくたちが「子どもたちがこんなことをしたら、新しい芸術表現になるんじゃないか。児童館の面白さが表現できるんじゃないか」ということを考えて、児童館に提案してきました。しかし、それは企画の押し付けになっていたことも否めません。

これからは、企画を構想する段階から、子どもたちや職員の方々と一緒につくっていきたいと考えました。だから、今年度実施するのは、企画をつくるための企画です。

子どもたちのひらめきを誘発する環境をつくり、実現のための道筋をつくる。「ある体験をしたら面白かったから、次はこんなことやってみたい」という、発展的な循環をつくる。

出来上がる企画は、ともすればアートになるかもしれないし、全然アートっぽくならないかもしれない。アージで実現するものもあれば、児童館ごとにできちゃうものもあるだろうし、必ずしも実現する必要もない。現状とは違う未来の姿や、ありえるかも知れない可能性を、想像することが変化のはじまりなわけで。

もっと面白い遊びが欲しい。面白い大人に出会いたい。生きてくための知恵が欲しい。放課後の子どもたちはみなそう思っているはずです。彼らの見えない欲求を引き出すことから、プロジェクトを考えたい。そのほうが、大人の頭で考えたものを子どもに押し付けるより、予測不可能でいい。

児童館は、まだまだもっと面白くなる。東京都児童会館も閉館し、こどもの城もなくなっちゃうけど、それでもそのオルタナティブな機能はもっと意義をもつ。今年のアージのプロジェクトが、ちょっとでもその一助になれば。



2013/05/06

ゴールデンウィーク、空港へ

5日からりのさんが3ヶ月ヨーロッパへ行く、というのもあって、ゴールデンウィークの後半はりのさんの実家でのんびり過ごしました。ここ3年毎年香川県にワークショップをしに行っていたけど、今年はそれはなし。


3日は代官山のUNITで、やけのはらさんのリリースパーティ―へ。Brandit Brauer Frickのライブ以来だから1年ぶり。あんまりクラブとかにいくわけじゃないんだけど、UNITは一番言ってるハコかも。


やけさんのラップは、「オレはネクストレベル目指すぜ mother fxxker!」的な激しい自己主張ではなくて、出来事をひたすらに描写することで個人の生きることとそれをとりまく環境とが混ぜ合わさった爽快な物語を歌いあげてる感じ。

その一方で、

「普通じゃないものに今でも夢中さ」

とか、

「こんな毎日になんて名前をつけよう?こんな瞬間になんて名前を…」

とか、

名前のないものや、わからないものへの愛に満ちてる。決してメインストリームではないけど、いろんな面白い挑戦をしていて、今後も目が離せないやけのはら氏。

でも、べつに個人の感情を激しく吐露するラップも嫌いじゃなくて、最近観た『サイタマノラッパー2』のラストでは号泣してしまった。


群馬のとある町を舞台に、女子たち5人が高校の頃のラップグループを復活させようとする話なんだけど…

HIP HOPに憧れて、「Say Hoooo!」って言ったり、「◯◯生まれ、ヒップホップ育ち!」って言ったりして、大きなステージに立つ夢を見て…みたいな青春ストーリーなんだけど、20代も後半になり、友達は多額の借金かかえてたり、働いてたソープ店がつぶれたり、お父さんが市長選に落ちたり、ことごとくうまくいかないことつづき。郊外の閉塞感のなかで、途方にくれたなかで、最後に轟く女子たちのラップがたまらない。


そんで昨日は成田空港に見送りに。そこでふと、なんでぼくは一緒にヨーロッパに行かないんだろう?と疑問を覚えてしまった。ぼくはまだ世界のいろんな面白いモノを知らないのに、なぜそれを知ろうとしないんだろう。いい機会なのに。



さすがに3ヶ月も行く必要はぼくにはないけど、別に、何かにとらわれる必要もないのだ。毎日出勤しなきゃいけないわけでもない。書類仕事やミーティングなどいろんな約束事はあるけれど、やる気次第で自分のペースで片付けていける。いろんなことできる可能性があるのに。



さて、5月頑張るか。




2013/05/04

IDEA R LAB、岡山は玉島へ




4月27日土曜日、連休のはじめの日。岡山は倉敷市、玉島へ。目的は、大月ヒロ子さんが代表をつとめる「IDEA R LAB」に行くこと。ここは、「クリエイティブリユース」のための情報プラットフォーム、実験室、レジデンスです。たった一泊の旅だけど、目の覚めるような素晴らしい経験の数々でした。


「クリエイティブリユース」とは、廃棄物を創造的に活用することです。それは日常的にぼくたちがゴミと呼ぶものから、家屋のようなゴミと呼ぶにはあまりに大きなものまで、廃棄・焼却の道を辿るものを「素材」と捉え、新しいモノを生み出す活動の総称です。(くわしくはこちら! IDEA R LAB「クリエイティブリユースとは」 http://www.idea-r-lab.jp/?p=48)

この「クリエイティブリユース」のための活動拠点として、大月さんのご実家だった場所をリノベーションして生まれたのが、「IDEA R LAB」というわけです。


大月ヒロ子さんとは、2年前に出会って以来、度々お世話になっています。大阪の大型児童館「ビッグバン」をはじめ、様々なミュージアムのプロデュースを手がけています。そんな大月さんが世界各地の「クリエイティブリユース」に関する施設についてリサーチをされていて「それをまとめた本を出したい」というお話を伺ったとき、何か関わることができたらと思い、出版社ミルグラフの富井雄太郎さんをご紹介させていただいたのが最初のきっかけでした。(その本は、この8月刊行予定!millgraph.com)


倉敷に行くのは、ほぼはじめて。新倉敷駅からバスですこし移動し、玉島中央町のバス停を降りて、お餅屋さんの角を曲がって歩いてゆくと、黒く輝く焼杉の壁に囲まれ、大きなガラス窓が構えられた建物に出会う。そこが、IDEA R LAB。


中に入ると、卓球台のテーブルが置かれた、白い空間が広がる。ホワイトボード塗料の壁面を使えば、ミーティングが活発になりそうだし、これだけの広さがあれば立食パーティーにも最適。入って左側にはレジデンスとなる畳の部屋。まるで旅館。ぼくもここの2階に宿泊させていただきました。そして右側にはかつて蔵だった空間が、使われるのを待つように佇んでいます。

IDEA R LABやその周囲には、もともと大月さんのご実家で管理されていた土地があり、大月さんはそれらを引き継ぎ、有効に活用していこうとしています。近所の元熱帯魚店を資材を並べた「マテリアル・ライブラリー」にしたり、ラボの裏手の庭を「コミュニティ農園」にしたり、ラボの周囲、というか玉島には、人の手によって生まれ変わるのを待っている空間がたくさんあるようです。こういう場所を活用して何かやりたい気持ちを持った人が集まる場にしていくことも、IDEA R LABのビジョンに含まれています。


玉島の街を大月さんに案内していただき、近所のギャラリー遊美工房、和菓子屋さんの松寿園、酒蔵、漁港などなどをめぐりました。かつて北前船の漁港・卸の街として栄えた玉島には、300年、400年前からあるような古い蔵や家屋がたくさんあり、観光の資源として保存されたり、過度に演出されたりすることなく、日常の中に息づいています。なかには放ったらかしにされていたり、取り壊しの準備にかかっているものもありましたが、その自然な様に時代を超えたような錯覚を憶えました。




「人がたくさん来てくれるから、仕事以外のことでむっちゃ忙しくて」と楽しそうに話す大月さんは、ラボにいても、地域のめぐっていても、様々な方に挨拶をして笑い声を交わしていました。そんな生活を垣間見ると、思わず東京での仕事/生活と比較してしまいます。



街を巡ったあと、お昼に食べたのは、魚市場で買った、水揚げしたばかりの「手長ダコ」。塩でぬめりをとり、ぶつ切りにして醤油で食べたらもう最高でした。そんなわけで昼からビール。野生のクレソンのサラダを添えて…。他にも、小フグやメバルやネブト、シャコやカニやタコやイカ…。瀬戸内海に面し、野菜も採れて、玉島の食文化は超絶豊かです。



夕方からは、図書館で資料を調べたり、川沿いを海までチャリで移動したり、のんびりと過ごしました。海岸沿いには巨大な工業地帯が広がっていました。大きな通りにはマクドナルドやモスバーガーが並ぶ典型的な「郊外」の姿も。


夜は、近所の和菓子屋松寿園の亀山さんに連れて行ってもらって、倉敷の飲み屋さんへ。焼きシャコや筍の天ぷら、あこうの刺身など。。。はー、贅沢きわまりない。



ちょうど今、東京での仕事を今後どうするか悩んでいて、東京とは別の生活/仕事のあり方を探し始めようとしていたぼくにとって、ここで見たものは希望でした。



それは、空き地や空き家、余ったモノや自生する食材などなど、想像力をかきたてる様々な「余白」の姿です。玉島の街をめぐっていると「これそのまま壊しちゃうんじゃなくて、こんなふうにしたら面白くない?」と、湧いてくるフラッシュアイデア。それを具体的に提案し、共感する人をあつめ、活動をつくりだすのは大変だし時間がかかるけど、何かのきっかけで人が集まり、できていきそうな気がする。



そこで思い浮かべるのは、東京的なやり方とはまた違う、自生的な活動の姿です。東京でも、「こんなことしたら面白くない?!」という共感のもとに、フリーランスのクリエイターたちが集まり、様々な活動が生まれています。一方、この玉島で何かやるためには、近所に住むおじいちゃんおばあちゃんや子どもたちと関わらざるを得ず、興味や趣向や持っているスキルも全然バラバラで、何かを生み出すには時間もかかるし、東京的なやり方ではうまくいかないかもしれません。しかし、だからこそできる、へんてこで懐かしい活動の有り様があるはず。そう考えると、妙に興奮します。



ぼくが活動している練馬は、東京の住宅地で、クリエイターが集まる文化拠点でもなければ、豊かな「余白」があるわけでもない、過密な郊外住宅地です。渋谷よりも生活感があるけれど、玉島よりも都市化している。中途半端な都市です。その中途半端で野暮ったい感じが、ぼくは好きなんですけどね。

しかし、過密な郊外住宅地では、よりよい生活をつくろう、という自治のマインドが共有しづらくなり、安全管理を目的とした無機質なルールやタスクになってしまっているような気がします。自由にのびのびと使える空間・時間を生み出すには、その「無機質なルール」を使いこなして行く必要があります。



自生する要素にリズムをつくりだしていく玉島の活動と、無機質なルールをほぐしていく練馬での活動の相互作用を、うまい具合につくりだしていけないか、と、今考えているところです。

2013/04/21

2013年度のはじまりによせて

アーティスト・イン・児童館2013…

2008年から始まったこの活動も6年目に突入です。NPO法人になって2年度目。ここから気持ちを新たにスタートしていく所存です。

これまで、児童館にアーティストを招待し、彼らの活動のマネージメントをすることを仕事とし、そのプロジェクトをもって事業成果としてきました。「こんなコンセプトで、こんな作品が生まれましたよ」と。しかしそれはアーティストのコンセプト/作品であり、ぼくらの仕事の成果ではありません。

ぼくらの仕事は本来、アーティストのような存在が児童館に必要であると訴え、それに共感してもらい、よりよい活動のための施策・組織・予算をつくり、協力を呼びかけ、実施し、評価し、次につなげていくことです。そうして、子どもたちを面白い大人にしていくことです。


今年度は、そうした仕事をこなすために、今一度立ち止まり、振り返る必要があると考えています。そもそも児童館という場所はどのような歴史的背景を持ち、どんな現状にある場所なのか、とか、たくさんある「子どもの居場所づくり」にはどんな事例があるのか、そもそもそれって一体なんなのか、とか、知らないことやぼんやりしている部分がたくさんあります。また、そこにアート/創造的なスキルをインストールすることの意味はなんなのか、「子どもの創造力を養う」といえば聞こえはいいけれど、それっていったい何なのか。

なぜ、なにを、どうやって、どうしたいのか。

これまでは、児童館という空間のなかで子どもたちとアーティストが出会い、面白い!と興奮するような言葉、形、振る舞いが生まれてゆく。ただただその瞬間だけを求めていたように思います…興奮の一瞬にたどりつくまで、ぐるっと回り道をしてみようと、そういうわけです。

なので、今年は、これまでのようなアーティストを招待する事業を封印し、リサーチに徹します。地域における子どもの居場所としてあるべき空間のイメージをあぶりだしていきたいなと。

もちろん大きな野望を語る以前に、恥ずかしながら書類仕事やミーティングの設定などマネジメントの基礎の基礎ができていないので、そのへんの基礎体力作りも兼ねています。(むしろこっちがメイン)。


教育であれ、「居場所」であれ、遊びであれ、現代の子どもたちはあらゆる場面で大人の意図に左右されながら生きているように、ぼくは感じています。大人は未来の社会に向けて子どもを教育していきます。しかし、未来が大人の想像どおりになるかどうかなんて誰もわかりません。予測不可能な事態、絶対安全だと言われているものの崩壊…

今を生きる子どもたちには、大人が便宜的に想定した社会を盲目的に目指すのではなく、枠組みをかいくぐり、面白いと思う方へ、未知なる方へと逸脱する「術」を身につけておいてほしいと思っています。その「術」は、まさにぼくも学びたいと思っているところ。試行錯誤の中でそれが何かを探っていく段階として、今年度を位置づけていきたいと、そういう所存です。

がんばります、ほんとにまじで。