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2013/05/07

予測不可能を想像する

明日は朝から児童館館長会。区役所での会合は、年に何回かしか参加できないから貴重な機会。

日頃から、現場の館長さん、職員さんの理解と共感がなければぼくらは児童館で活動することもできないわけで、ただただ受け入れてもらえていることに感謝しています。

区と協働できるようにNPO法人をつくり、遊び場をもっと面白く創造的にするプログラムをつくってきました。しかし、一過性のイベントになってしまい、継続しないこの感じ。根本的に事業の体質を変えていかなくてはと思っています。

これまでは、ぼくたちが「子どもたちがこんなことをしたら、新しい芸術表現になるんじゃないか。児童館の面白さが表現できるんじゃないか」ということを考えて、児童館に提案してきました。しかし、それは企画の押し付けになっていたことも否めません。

これからは、企画を構想する段階から、子どもたちや職員の方々と一緒につくっていきたいと考えました。だから、今年度実施するのは、企画をつくるための企画です。

子どもたちのひらめきを誘発する環境をつくり、実現のための道筋をつくる。「ある体験をしたら面白かったから、次はこんなことやってみたい」という、発展的な循環をつくる。

出来上がる企画は、ともすればアートになるかもしれないし、全然アートっぽくならないかもしれない。アージで実現するものもあれば、児童館ごとにできちゃうものもあるだろうし、必ずしも実現する必要もない。現状とは違う未来の姿や、ありえるかも知れない可能性を、想像することが変化のはじまりなわけで。

もっと面白い遊びが欲しい。面白い大人に出会いたい。生きてくための知恵が欲しい。放課後の子どもたちはみなそう思っているはずです。彼らの見えない欲求を引き出すことから、プロジェクトを考えたい。そのほうが、大人の頭で考えたものを子どもに押し付けるより、予測不可能でいい。

児童館は、まだまだもっと面白くなる。東京都児童会館も閉館し、こどもの城もなくなっちゃうけど、それでもそのオルタナティブな機能はもっと意義をもつ。今年のアージのプロジェクトが、ちょっとでもその一助になれば。



2013/05/06

ゴールデンウィーク、空港へ

5日からりのさんが3ヶ月ヨーロッパへ行く、というのもあって、ゴールデンウィークの後半はりのさんの実家でのんびり過ごしました。ここ3年毎年香川県にワークショップをしに行っていたけど、今年はそれはなし。


3日は代官山のUNITで、やけのはらさんのリリースパーティ―へ。Brandit Brauer Frickのライブ以来だから1年ぶり。あんまりクラブとかにいくわけじゃないんだけど、UNITは一番言ってるハコかも。


やけさんのラップは、「オレはネクストレベル目指すぜ mother fxxker!」的な激しい自己主張ではなくて、出来事をひたすらに描写することで個人の生きることとそれをとりまく環境とが混ぜ合わさった爽快な物語を歌いあげてる感じ。

その一方で、

「普通じゃないものに今でも夢中さ」

とか、

「こんな毎日になんて名前をつけよう?こんな瞬間になんて名前を…」

とか、

名前のないものや、わからないものへの愛に満ちてる。決してメインストリームではないけど、いろんな面白い挑戦をしていて、今後も目が離せないやけのはら氏。

でも、べつに個人の感情を激しく吐露するラップも嫌いじゃなくて、最近観た『サイタマノラッパー2』のラストでは号泣してしまった。


群馬のとある町を舞台に、女子たち5人が高校の頃のラップグループを復活させようとする話なんだけど…

HIP HOPに憧れて、「Say Hoooo!」って言ったり、「◯◯生まれ、ヒップホップ育ち!」って言ったりして、大きなステージに立つ夢を見て…みたいな青春ストーリーなんだけど、20代も後半になり、友達は多額の借金かかえてたり、働いてたソープ店がつぶれたり、お父さんが市長選に落ちたり、ことごとくうまくいかないことつづき。郊外の閉塞感のなかで、途方にくれたなかで、最後に轟く女子たちのラップがたまらない。


そんで昨日は成田空港に見送りに。そこでふと、なんでぼくは一緒にヨーロッパに行かないんだろう?と疑問を覚えてしまった。ぼくはまだ世界のいろんな面白いモノを知らないのに、なぜそれを知ろうとしないんだろう。いい機会なのに。



さすがに3ヶ月も行く必要はぼくにはないけど、別に、何かにとらわれる必要もないのだ。毎日出勤しなきゃいけないわけでもない。書類仕事やミーティングなどいろんな約束事はあるけれど、やる気次第で自分のペースで片付けていける。いろんなことできる可能性があるのに。



さて、5月頑張るか。




2013/05/04

IDEA R LAB、岡山は玉島へ




4月27日土曜日、連休のはじめの日。岡山は倉敷市、玉島へ。目的は、大月ヒロ子さんが代表をつとめる「IDEA R LAB」に行くこと。ここは、「クリエイティブリユース」のための情報プラットフォーム、実験室、レジデンスです。たった一泊の旅だけど、目の覚めるような素晴らしい経験の数々でした。


「クリエイティブリユース」とは、廃棄物を創造的に活用することです。それは日常的にぼくたちがゴミと呼ぶものから、家屋のようなゴミと呼ぶにはあまりに大きなものまで、廃棄・焼却の道を辿るものを「素材」と捉え、新しいモノを生み出す活動の総称です。(くわしくはこちら! IDEA R LAB「クリエイティブリユースとは」 http://www.idea-r-lab.jp/?p=48

この「クリエイティブリユース」のための活動拠点として、大月さんのご実家だった場所をリノベーションして生まれたのが、「IDEA R LAB」というわけです。


大月ヒロ子さんとは、2年前に出会って以来、度々お世話になっています。大阪の大型児童館「ビッグバン」をはじめ、様々なミュージアムのプロデュースを手がけています。そんな大月さんが世界各地の「クリエイティブリユース」に関する施設についてリサーチをされていて「それをまとめた本を出したい」というお話を伺ったとき、何か関わることができたらと思い、出版社ミルグラフの富井雄太郎さんをご紹介させていただいたのが最初のきっかけでした。(その本は、この8月刊行予定!millgraph.com


倉敷に行くのは、ほぼはじめて。新倉敷駅からバスですこし移動し、玉島中央町のバス停を降りて、お餅屋さんの角を曲がって歩いてゆくと、黒く輝く焼杉の壁に囲まれ、大きなガラス窓が構えられた建物に出会う。そこが、IDEA R LAB。


中に入ると、卓球台のテーブルが置かれた、白い空間が広がる。ホワイトボード塗料の壁面を使えば、ミーティングが活発になりそうだし、これだけの広さがあれば立食パーティーにも最適。入って左側にはレジデンスとなる畳の部屋。まるで旅館。ぼくもここの2階に宿泊させていただきました。そして右側にはかつて蔵だった空間が、使われるのを待つように佇んでいます。

IDEA R LABやその周囲には、もともと大月さんのご実家で管理されていた土地があり、大月さんはそれらを引き継ぎ、有効に活用していこうとしています。近所の元熱帯魚店を資材を並べた「マテリアル・ライブラリー」にしたり、ラボの裏手の庭を「コミュニティ農園」にしたり、ラボの周囲、というか玉島には、人の手によって生まれ変わるのを待っている空間がたくさんあるようです。こういう場所を活用して何かやりたい気持ちを持った人が集まる場にしていくことも、IDEA R LABのビジョンに含まれています。


玉島の街を大月さんに案内していただき、近所のギャラリー遊美工房、和菓子屋さんの松寿園、酒蔵、漁港などなどをめぐりました。かつて北前船の漁港・卸の街として栄えた玉島には、300年、400年前からあるような古い蔵や家屋がたくさんあり、観光の資源として保存されたり、過度に演出されたりすることなく、日常の中に息づいています。なかには放ったらかしにされていたり、取り壊しの準備にかかっているものもありましたが、その自然な様に時代を超えたような錯覚を憶えました。




「人がたくさん来てくれるから、仕事以外のことでむっちゃ忙しくて」と楽しそうに話す大月さんは、ラボにいても、地域のめぐっていても、様々な方に挨拶をして笑い声を交わしていました。そんな生活を垣間見ると、思わず東京での仕事/生活と比較してしまいます。



街を巡ったあと、お昼に食べたのは、魚市場で買った、水揚げしたばかりの「手長ダコ」。塩でぬめりをとり、ぶつ切りにして醤油で食べたらもう最高でした。そんなわけで昼からビール。野生のクレソンのサラダを添えて…。他にも、小フグやメバルやネブト、シャコやカニやタコやイカ…。瀬戸内海に面し、野菜も採れて、玉島の食文化は超絶豊かです。



夕方からは、図書館で資料を調べたり、川沿いを海までチャリで移動したり、のんびりと過ごしました。海岸沿いには巨大な工業地帯が広がっていました。大きな通りにはマクドナルドやモスバーガーが並ぶ典型的な「郊外」の姿も。


夜は、近所の和菓子屋松寿園の亀山さんに連れて行ってもらって、倉敷の飲み屋さんへ。焼きシャコや筍の天ぷら、あこうの刺身など。。。はー、贅沢きわまりない。



ちょうど今、東京での仕事を今後どうするか悩んでいて、東京とは別の生活/仕事のあり方を探し始めようとしていたぼくにとって、ここで見たものは希望でした。



それは、空き地や空き家、余ったモノや自生する食材などなど、想像力をかきたてる様々な「余白」の姿です。玉島の街をめぐっていると「これそのまま壊しちゃうんじゃなくて、こんなふうにしたら面白くない?」と、湧いてくるフラッシュアイデア。それを具体的に提案し、共感する人をあつめ、活動をつくりだすのは大変だし時間がかかるけど、何かのきっかけで人が集まり、できていきそうな気がする。



そこで思い浮かべるのは、東京的なやり方とはまた違う、自生的な活動の姿です。東京でも、「こんなことしたら面白くない?!」という共感のもとに、フリーランスのクリエイターたちが集まり、様々な活動が生まれています。一方、この玉島で何かやるためには、近所に住むおじいちゃんおばあちゃんや子どもたちと関わらざるを得ず、興味や趣向や持っているスキルも全然バラバラで、何かを生み出すには時間もかかるし、東京的なやり方ではうまくいかないかもしれません。しかし、だからこそできる、へんてこで懐かしい活動の有り様があるはず。そう考えると、妙に興奮します。



ぼくが活動している練馬は、東京の住宅地で、クリエイターが集まる文化拠点でもなければ、豊かな「余白」があるわけでもない、過密な郊外住宅地です。渋谷よりも生活感があるけれど、玉島よりも都市化している。中途半端な都市です。その中途半端で野暮ったい感じが、ぼくは好きなんですけどね。

しかし、過密な郊外住宅地では、よりよい生活をつくろう、という自治のマインドが共有しづらくなり、安全管理を目的とした無機質なルールやタスクになってしまっているような気がします。自由にのびのびと使える空間・時間を生み出すには、その「無機質なルール」を使いこなして行く必要があります。



自生する要素にリズムをつくりだしていく玉島の活動と、無機質なルールをほぐしていく練馬での活動の相互作用を、うまい具合につくりだしていけないか、と、今考えているところです。

2013/04/21

2013年度のはじまりによせて

アーティスト・イン・児童館2013…

2008年から始まったこの活動も6年目に突入です。NPO法人になって2年度目。ここから気持ちを新たにスタートしていく所存です。

これまで、児童館にアーティストを招待し、彼らの活動のマネージメントをすることを仕事とし、そのプロジェクトをもって事業成果としてきました。「こんなコンセプトで、こんな作品が生まれましたよ」と。しかしそれはアーティストのコンセプト/作品であり、ぼくらの仕事の成果ではありません。

ぼくらの仕事は本来、アーティストのような存在が児童館に必要であると訴え、それに共感してもらい、よりよい活動のための施策・組織・予算をつくり、協力を呼びかけ、実施し、評価し、次につなげていくことです。そうして、子どもたちを面白い大人にしていくことです。


今年度は、そうした仕事をこなすために、今一度立ち止まり、振り返る必要があると考えています。そもそも児童館という場所はどのような歴史的背景を持ち、どんな現状にある場所なのか、とか、たくさんある「子どもの居場所づくり」にはどんな事例があるのか、そもそもそれって一体なんなのか、とか、知らないことやぼんやりしている部分がたくさんあります。また、そこにアート/創造的なスキルをインストールすることの意味はなんなのか、「子どもの創造力を養う」といえば聞こえはいいけれど、それっていったい何なのか。

なぜ、なにを、どうやって、どうしたいのか。

これまでは、児童館という空間のなかで子どもたちとアーティストが出会い、面白い!と興奮するような言葉、形、振る舞いが生まれてゆく。ただただその瞬間だけを求めていたように思います…興奮の一瞬にたどりつくまで、ぐるっと回り道をしてみようと、そういうわけです。

なので、今年は、これまでのようなアーティストを招待する事業を封印し、リサーチに徹します。地域における子どもの居場所としてあるべき空間のイメージをあぶりだしていきたいなと。

もちろん大きな野望を語る以前に、恥ずかしながら書類仕事やミーティングの設定などマネジメントの基礎の基礎ができていないので、そのへんの基礎体力作りも兼ねています。(むしろこっちがメイン)。


教育であれ、「居場所」であれ、遊びであれ、現代の子どもたちはあらゆる場面で大人の意図に左右されながら生きているように、ぼくは感じています。大人は未来の社会に向けて子どもを教育していきます。しかし、未来が大人の想像どおりになるかどうかなんて誰もわかりません。予測不可能な事態、絶対安全だと言われているものの崩壊…

今を生きる子どもたちには、大人が便宜的に想定した社会を盲目的に目指すのではなく、枠組みをかいくぐり、面白いと思う方へ、未知なる方へと逸脱する「術」を身につけておいてほしいと思っています。その「術」は、まさにぼくも学びたいと思っているところ。試行錯誤の中でそれが何かを探っていく段階として、今年度を位置づけていきたいと、そういう所存です。

がんばります、ほんとにまじで。









2013/03/22

小さな声、大きな意志



昨日は練馬まちづくりセンター「まちづくり活動助成」の公開審査会へ。イベントのタイトルは、「ねりまちコレカラ集会」。午前中に各団体の成果発表をして、午後はワークショップとディスカッション(「白熱教室」)という一日。なかなかハードでとてもつかれたが、学ぶものが多かった。



「まちづくりマインドマップ」ではまちづくりにおける様々な「課題」(小学校の空き教室が増えるけどどうする?アニメのまち政策は豊島や杉並のほうがうまくいっているのでは?など)に対する解決案や考えを参加者がふせんで書き込んでいく。「まちづくり年表」や「まちづくり活動マップ」などもあり、練馬におけるこうした活動の「歴史」「地理」「課題と可能性」などが可視化されていく。

それらの情報をたたき台に、審査委員長の小泉先生と、まちづくりセンターの中島さんが司会となって、参加者の声をひろいながら、議論のポイントをまとめていく。小泉先生のコメントはどれも冷静で、それでいてポジティブで、ユーモアもまじっている。(先生のイケメン力がかなりすごい。)



この日出会った方で感動したのでちょっと紹介。西大泉児童館をベースに活動をしている「おとあーと研究室」。メンバーの大貫さんは、鳥のように可憐な見た目なのに、生後1ヶ月ちょっとの赤ちゃんをかつぎ、3歳と2歳の姉妹を連れて、会場に来ていた。「どっこい生きている」というキャッチコピーがぴったりの、たくましいお母さんだった。アーティスト・イン・児童館のこともよく知ってもらっていて、すごく嬉しかった。なにかつながれたらいいなぁ~。

今日は偶然Facebookで知って参加した「児童館・月イチ連絡会」。児童館職員があつまり、「児童館の”エヴィデンス”を提示するには?」をテーマに議論を重ねてきた会議で、今回はちょっとオープンにしようってことでオブザーバーとして参加させてもらった。

「児童館の価値をどうやったら社会に伝えられるか?」というところがポイントで、児童館がつくりだしている子どもたちの関係性や”自己肯定感”を数値にする、とか、子どもの変化の過程をエピソードにして提示するとか、様々な方法が議論されていた。

会場は「こどもの城」だったのだけど、ここは来年度末に閉館を予定している。児童館の総本山とも言うべき「東京都児童会館」「こどもの城」という渋谷にある2大拠点が閉鎖するということは、児童館史の節目を表していると言わざるを得ない。

そんな背景もあって、かなり切迫した雰囲気で議論が行われているように感じた。笑いや冗談も交えつつ、「児童館の価値をなんとか表現しないとヤバイ!」という参加者の方々の熱意をひしひしと感じ得た。

どちらも、個々の小さな現場の知恵を、社会の諸問題に接続し、それらを解決するための「政策提案」に結びつけようとしていた。練馬まちづくりセンターで言えば練馬区役所の「練馬都市計画マスタープラン」、児童館で言えば厚生労働省の「次世代育成支援行動計画」。

財団が中間支援的な役割を担い、小さな現場の声を、大きな意思決定につなげていくプラットフォームを形成している。こうした場が有機的に機能する(大きな意思決定の内容を変える)ためにはインパクトが必要。それは、爆発力みたいな類のものではなく、小さな現場の声を結びつけるというネットワークの具体性とか、わかりやすいさ、みたいな話なのかも。

2013/03/16

別の夢を見る子どもと出会う







‎3月16日(土)、17日(日) 「小金井アートフルアクション!」のシンポジウムに出演させていただきます。16日は、東京学芸大学でデザイン教育を実践されている正木賢一先生と。17日は、多彩なゲストのシンポジウムに。今年度の《Y時のはなし・イン・児童館》や《放課後メディアラボ》の活動紹介、児童館という場所の可能性について話をする予定です。

お時間があるかた、アートフルアクション!にご興味をお持ちの方、ぜひぜひご来場ください。なお、16日は13:45から山本高之さんと、Art Center Ongoingの小川希さんのトークも!こちらオススメです。

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3月16日(土)session 7 [16:00-16:45]

放課後のユートピア
―児童館というコミュニティ

 臼井隆志(NPO法人アーティスト・イン・児童館理事長)
 ×正木賢一(東京学芸大学准教授/NPO法人アートフル・アクション理事)

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3月17日(日)session 12 [18:15-20:15]

アートが学校にはいるとき
―芸術文化活動と地域社会の今後

[挨拶]稲葉孝彦(小金井市長)
 港大尋(作曲家/ピアニスト)
 臼井隆志(NPO法人アーティスト・イン・児童館理事長)
 鎌田尚子(小金井市立南小学校図工科教諭)
 鉄矢悦朗(東京学芸大学准教授)
 正木賢一(東京学芸大学准教授/NPO法人アートフル・アクション理事)
 森司(東京アートポイント計画ディレクター)
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ということで、今プレゼン内容を考えているところ。明日の1時に小金井、ということは12時には電車に乗らなきゃ。

プレゼン内容を考えるにあたって、これは話したほうがいいかな〜と思っているのは、こういうふうに子どもと何かやりたい、と考えるようになったきっかけのこと。よく聞かれるし、自分でもなんだったけってよく思うから。

以下、回想。

高校2年生の頃に腰痛で走れなくなって(陸上部だった)、そのころまでは大学でも陸上を続けたいと思っていたけれど、腰痛で限界を知って、それまで好きでいつかやりたいと思っていた映画製作の仕事を目指そうと思った。それで、美大に行こうと決意した。

子どものことを考え始めたのは高校3年生のとき。友達と将来なりたい仕事の話をしていたときに

「おれは慶応の法学部にいって弁護士になる」とか
「埼玉大にいって先生になる」とか
「立教の経済にいって銀行で働く」とか

立派な将来を語っていて、すげーオレ具体的にそんな将来像ないわ…って思ってビビったんだけど、そのとき強烈な違和感を抱いた。わかるけど、なんかそれってほんとにお前の言葉なの?って思うような、変な感じ。

なんか大人たちが想定したわかりやすい「未来」とか「社会」とかいう幻想が憑依して、彼らにそういう言葉を語らしめているような、そんな気がしてすごく不安になった。

みんな将来の夢語るときは、ゾンビになっちゃうんだ!おれはこんなふうになりたくない!いやだー!みたいに思って、当時の彼女に友達の批判を言っていた。(今思えばよく聞いてくれたよなあんなきつい話…)。

で、その頃だ。子どものことを考え始めたのは。彼らにそういう幻想が憑依していったのは、一瞬ではなくきっと長い時間をかけて、だ。これは何か幼少の頃に原因があるのかもしれない…。ん?ていうかもしかして、これが「教育」の成果なのか・・・!?と思って、がびーーーーん!!!!!と頭の中で何かが炸裂したような感覚になった。

自分の意志や欲望が、社会のそれにハッキングされて、意志を失った言葉が身体を支配していくような、そういう恐怖を感じた。これは、そうじゃない子ども、つまり、自分の意志を持ち、社会の期待を裏切って、別の夢を見る子どもに出会わなければ、出会いたい、と思ったのが高校3年生の頃だった。(自分自身が17歳とかで、不安定きわまりないにもかかわらず)

子どもたちが何か「共通の夢」を見させられようとする。これが「教育」なるものなのか。もしかしたらそうかもしれない。「別の夢を見る」そのためには何か方法が在るのかもしれない。

そう思っていたときに出会ったのが、アートだった。美大に行こうと思っていたぼくは美大受験のために予備校にかよったのだけど、そこで出会ったヘンテコな人たちはヘンテコで、出会ったことのない変な欲望を持つ人達だった。今でも一緒に仕事をさせてもらっている西尾美也さんは、このとき予備校の先生をしていた。変で面白いな〜と思ったけど、自分がアーティストになる、というのはなんかちょっと違った。で、そんな気持ちで芸大の先端を受験したら落ちた。超落ち込んだしふてくされた。(ちなみに半年後に慶応大学の環境情報学部のAO入試も面接までいって落ちた。)

浪人していた年、ビル・ビオラの個展が森美術館でやっていた。1人で初めて美術館に行った。人間が水に飛び込む姿を逆再生していたり、大量の水を浴びるのをスーパースローで再生したりして、人間の身体を幻想的に描き出す作家で、その作品にずいぶんと見入ってしまった。そこに「別の夢を見る」そのための方法のヒントがある気がした。しかし、それは答えではなかった。

アートって超面白いけど、なんだか「インスタレーション」とか「サイトスペシフィック」とかっていう美術用語がすでにあって、その文脈をズラしたり更新したりするためのもので、具体的に教育に介入してる印象はあんまりなかった。

教育系でワークショップを実践している団体や個人のもとで、ワークショップのお手伝いをいろいろとさせてもらった。目的と方法を完璧に落としこむ、戦略をそこで学んだ。いま思えば、ここで進行表の作り方や、企画の立て方、目的と方法の一致のさせ方など、かなり実践的な事を10代のうちから学ばせてもらっていた。今でもお世話になった方々にはすごくすごく感謝している。

しかし、そうした経験のなかで思ったのは、「子どもってこういうもの」っていう想定をすでにしていないか?ということや、「ワークショップ」というイベント自体が美術館や特定のスペースで開催されていて、保護者が電車や車で子どもを連れてこないと子どもは参加できない。つまり、子どもが自分の意志でワークショップを選択しているとは必ずしも言えない。大人の都合の中で展開していて、ぼくがびっくりするような「別の夢をみる子ども」には出会えないのだ。そういう子がいたとしても、変な奴として変なやつ扱いされている。アートだとか表現だとか、変なことに価値がある場所なのに・・・!

子どもが自分で選択して行ける場所で、なおかつアートというか表現活動が入り込めそうな場所…ということで自分の経験を思い出したり人に相談したりしているうちにいきあたったのが、児童館だった。

このとき、大学1年生。1年浪人してるから、20歳になる年。

あれからもう6年。

「20歳のころからやってる方法なんて、もう通用するわけないじゃん。別の方法に変えるべき時期なんだよ。そういう時期って一気にくるんだよ」

と、今日りのさんに言われた。変化しなければならない。ここで変化できなければ、終わるだろうな本当に。

で、「別の夢を見る子ども」には出会えたのだろうか?

うん、たくさんいるなぁと思う。彼らが描く絵や、書き間違えた言葉や、時折言う大人味たいなこと(を言おうとして変な言い回しになってること)を聞くと、ほっとする。ああ、こういうところにいくつもの別の夢がある。早くから社会が見る夢に憑依させられてる子どももいて、大変そうだなと思うけど、まだ取っ払える。一度取っ払ってから、あえてその夢に乗ってみよう、と思うならいい。

彼らがみている別の夢は、社会が未だ必要だと思っていない、未知なる知性。そこに形が与えられ、社会的な知性になっていく変化の過程をみること、つくりだすことが、アージをやっている喜びだ、というとなんか抽象的だけど、うまく言えないから難しくいうとこういう感じだ。

さっき「アートって…」と批判めいたことを描いたけれど、アーティストも別の夢を見て、そして社会にそれに共感し、協働する人と共に、未知なるものを新しい知性として提示する。だからぼくはアートを尊敬しているし好きだ。

子どもとアーティストの方向性は同じだよね、ってみぃちゃんが昔言っていて、すごくはっとした。はたから聞いたら耳タコな言説かもしれないけれど、質の違う響きだった。

あーなんかこの感じ、うまく伝えられないかなぁ。
明日のトーク、うまくいくかなぁ。



2013/03/11

自分たちの仕事、ムーンライズ・キングダム

今日は午前中から調べ物。確定申告、間に合わせないとやばいやばい。NPOの経理の方法を確認して、明日に備える。

プレスリリースをつくったり、製作中のマガジンにコメントしたり、《放課後メディアラボ》の仕事をこなし、あとはメールを返しまくったり、いろんなこと考えたり。

夜は、制作中のアーティスト・イン・児童館のパンフレットについてのミーティング。新しい事務所に、デザイナー、ライター、編集者がそろう。確認がメインだったけど、ひとつひとつこうやって顔を合わせて確認していく、これはすごく大切。

ちょっと不安なことが2つあって、こういう印刷物を丁寧につくっていくということなのだけど、ここにNPOの理事・会員、そして児童館のスタッフが入っていないことだ。「自分たちの印刷物」をつくるという感じに、今回は持って行けていない。事務局が使えるものを、このコストを掛けて作っている、という感じだ。プロジェクトにするなら、NPOの理事・会員、児童館スタッフが「自分たちの印刷物」になるための、合意形成の過程を踏んでいかなきゃいけないと思う。それはすごくすごく時間のかかる作業なのだ。



ところで昨日見た映画『ムーンライズ・キングダム』がとってもよくて、泣けた。とある島で、問題児の美少女と、問題児のボーイスカウトが駆け落ちをする。内容は子どもたちの自立と戸惑いの物語なのだけど、大人の世界と子どもの世界の境界の描き方が、ギミックが効いてる。

飲みかけのミルクの入ったグラスに、ビールを注いで飲む、とか
ボーイスカウトの隊長も普段は算数の先生をしている、とか
釣り針にコガネムシをつけてつくったアクセサリー、とか
シロツメクサの花束とか

ワンシーンワンシーンの精度がやばいなぁと思う。これだけの美意識を統率してやったチームに、本当にすごい。映画って本当にすごいですね。自分も、業種や形態は違うけれど「クオリティ」を問われるチームの一員だし、そのリーダーを任されているわけなので、産みの苦しみを人一倍味わわねばならぬはずなのだ。ホント最近がんばりどころ。