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2012/02/09

子どもと政治、経済、インターネット(2)

昨日は《全児童自動館》のネタ出し会議をした。あっちゃこっちゃに話は飛ぶし、途中でいなくなったり、いきなり話に入ってきたり、しらけたりわめいたり…いやいや、楽しいんですけどね。まとまりも段取りも何もないなと。

そんな混沌の会議の前に、インターネット大好き中学生と話していたとき、ふと「児童館にwi-fiあったらどお」と聞いてみた。「最高っす!」「スマホ(使うのが)楽ー」「ケータイ持ってなくてもiPod touch使えるよねー」と口々にいい反応。それが実現可能か?というとかなりシビアな問題だ(前回の「リスクA」に関わる)と思うけど、彼らにとってのwi-fiのオアシス感はすごい。

話していた子が「うごくメモ帳」というDSのフリーソフトでアニメーションをつくっているのを見せてくれた。初音ミクの曲のPVを二次創作したものだった。わざわざワークショップなんてしなくても、タッチペンでアニメ作れるし、「うごメモ」のサイト内で作品を発表してる。インターネットに向けて発信ははじまってるし、つくる、描くという技術をここで学んでいる。

例えば児童館にWi-Fiがあったとして、ここで作ったアニメや映像をアップロードできるサイトを用意しておけば、ネット上でD.I.Yの映像祭を開催できる。2010年に山口情報芸術センターで行われた「Creating Our Own Media」は子ども対象ではないけど、その先行する事例で、参加者を「表現者」にする仕組みとして、シンプルかつユニーク。

空間がメディウム化して外とのつながりを持ったとき、児童館は明らかに保護される場所から実践する場所に変わる。大人も保護の対象としてでなく、小さな主体として彼らを眼差しうる。「んー、じゃあ学芸会は表現の実践じゃないの?」と今思ったけど、学芸会は見せる対象が先生と親、というふうに了解されてる。その対象が不特定多数に想定される、あるいは全く相手が想定されない場合、表現のベクトルが違うから子どもは「子ども」を演じなくなるんじゃないかな。

そんなことはどうでもよくて、実際に子どもが撮った映像は相当面白いはずだ。映像祭「coom」、児童館でも開催してみたい。


2012/02/05

子どもと政治、経済、インターネット(1)

今日は中村児童館でフライヤーの写真撮影。「顔は映らないから!」という条件で30人超の中高生に協力してもらったけど、

最近中高生とmixiでやりとりをすることが多くなった。発見されて、マイミクになって、twitterと同期してたつぶやきにコメントが来るようになって、「明日やるよー」とか呼びかけると反応してくれるし、「中児わず!きょうもたのしかったー」とかつぶやいてくれてる。

単純に、みんな徐々にこの企画のこと楽しみ始めてくれてるなーと嬉しくなっていたところだったのだけど、ふとこれは、面白い/重大な問題をはらんでいるんじゃないか?と考えた。それは一体何か。

mixiは一応クローズドなSNSだし、15才未満はできないように規制されているけど、それでも個人は特定可能だ。彼らはほとんど無自覚なまま、いろんな人と共有できる喜びに従うまま、個人の名のもとに「小さな主体」として行動している。これは『リトル・ピープルの時代』で宇野常寛さんが言っていることでもあるけれど、SNSは誰もが「小さな父(政治的・経済的意思決定者)」になってしまうこの時代を象徴するシステムだ。

子どもとインターネットの問題を考えるとき、子どもがインターネットに関わるリスク(リスクAとする)を挙げることは容易にできる。個人が特定されることで犯罪に巻き込まれる可能性が増加する、個人の肖像権を侵害される二次使用がなされる、など。しかし、子どもがインターネットに関わらないリスク(リスクBとする)を挙げることは容易ではない。メディアリテラシーが育たない、新しいコミュニケーションの仕組みに身体がなじまない、など、より複雑な問題になってくる。

ぼくは子どもがツイッターをやることなどは賛成だし、どんどんやれーという考え方なのだが、それによって「小さな父」にならざるを得ない人々は、公私の区別がなくなり、複数の居場所が均質化していくようになると、アイデンティティが硬直し、すごく生きづらくなるんじゃないか、と思うわけです。息苦しいというか。その予防策として、ナデガタを児童館に招待して、今はよくわからなかったとしても別のグルーヴ感を憶えさせておくのはよいことだと思っているのですが、予防するも何も彼や彼女たちは「リトル・ピープルの時代」におけるグルーヴの捕まえ方を自ら編み出していくのでしょうけれど。

あれ?なんか書きたかったことと違ってきたな。いずれにせよ、公私混同の状況の中に、「子どもとアーティストが出会う」という出来事も飛び込んでいく事になるだろうと思っています。

続く。


2012/02/02

児童館、あやふや、可能性

中村児童館でチラシのサンプルを作ったのち、館長とあんどーなつと飲みに行った。館長、ごちそうさまでした。



今月7日にある研修会の打ち合わせをしながら、現状のことを色々教えてもらった。児童館は目的があやふやな場所で、なかなかその活動価値をPRしにくい、という課題の話をしていたけど、たしかになぁーと思う。民営化や、ボランティアや中高生との関わりなど、変化の時期だねーという話をした。ぼくはそのあやふやさに可能性を感じてるんだけど、たしかに言葉にしづらい。

アー児は見方によっては中途半端で、アーティストにとっては、アート界での評価にはあんまり繋がらないかも知れないし、児童館の人には理解してもらえないかも知れないし、どっちらにも得にならないかもしれない、という意味では、すごくリスクが高い。エッヂの効いたプロジェクトをやりすぎると破綻するかもしれない。

やり方を変えていく必要を感じている。確かに、変化の時期だ。

2012/01/25

2年、皮切り、弔い

昨日、今日と、アサヒ・アートスクエアでミーティング。2012年10月に、Form on Wordsの大きなショーを開催します。2008年に東大泉児童館ではじまったこの企画が、5年後にこんなふうになるとはまさか想像せず。

AASの運営委員のみなさんも、Grow Up に選ばれている蓮沼執太さんも、それぞれ個人の名の下にキャリアを積んできた人たち。力を持った個人が、役割を分担して出来事を創り上げていく感じ、ドキドキするし、すごく緊張しています。

明日はNadegata Instant Partyの制作説明会で、すごく楽しみ。児童館の中高生と「映画/お祭り」をつくる、というわかるようでわからないこのプロジェクト、その皮切りは明日ですよ。

いい企画に育てるためには、2年、3年は軽くかかるなぁというのが最近の実感です。あと最近思うのは、アー児の企画でつくられたものや映像が収まる場所がないなーということ。練馬区には現代美術・演劇・映画・音楽に造詣の深い施設が少ないので、廃校になった小学校とかそういうふうになったらいいのに、っていうかつくりたいなーぐらいに思っています。終わった時間、使い終わった作品を弔う場所がほしいのです。ネガティブな意味じゃなくて、そうすることで新しい時間が拡散していくと思うのです。山口に旅行にいって、金子みすゞ記念館をみてうっかり思ったことでした。


2012/01/14

交わりの現場をつくる

今日はアーティスト・イン・児童館オープン・ミーティング2011の第3会でした。新設するNPOのコンセプトについて、参加者の皆さんから意見をもらいました。


子どもの放課後と、アーティストの探求をつなぐこと。ひいては、アート業界と地域教育業界の間にいきいきした回路を開くことが、活動のミッションになっていくでしょう。教育のためにアートを利用するのでもなく、アートのために子どもを材料にするでもない。その両方を引き受けながら、あたらしい作品/アクションの実践をつくっていく。

◯◯と××をつなぐ、とか、出会わせる、と唱う活動って具体的にどんなかな?って想像したら、シンポジウムとか書籍とかウェブでの何かが多い気がします。

コンセプト上で交わらせるのではなく、2つの異質なものを現場で交わらせていく活動。その現場で生まれたもの、そこから引き起こされた変化を紡いでいく機能をシンポジウムとか展覧会とかウェブサイトが担うイメージ。プロジェクトをつくっていくことと、プロジェクトが波及するためのネットワークをつくっていくことを一つの軸の上に置いていく。

もうすこし、コンセプトに整理が必要です。その「ネットワーク」のなかには人や団体や施設だけでなく、お金のことも入ってきます。お金の流れ。今ある仕組みを組み替えて、可変性に富んだネットワークをつくること。次回はそのへんの話をしていきます。

次回:
オープン・ミーティング2011第4会
1月26日(木)19:30~ @3331Arts Chiyoda 302

2012/01/07

文化の共有、環境の移動

新年あけましておめでとうございます。なんとか七草粥を食べるまえに、今年初投稿です。

今年はどんな年になるでしょうか。さっきスカイプで活動についてのインタビューをしてもらっていて、「広報をする際、現在の時代感に即して使っているキーワードなどはありますか?」と質問されて、「シェア」と「異文化交流」と答えました。

ひとつめの「シェア」は、「経験をシェアする」「ノウハウをシェアする」っていうときに使います。「子どもに◯◯を伝える」、というようなことはほとんど考えていないことに気づきました。ある時間、経験をシェアする。子どもと、アーティストと、職員さんと、ぼくたちと。その経験をどう捉えるかは、自由にしてくれ。という心持ち。

ふたつめの「異文化交流」は、その都度言い方を変えているけれど、普段触れ合わない大人としてのアーティストが児童館に居る、ということは、児童館の文化を変えるということであり、アーティストにとっては子どもという異文化と共存することになるわけで。外国まで行かなくても異文化交流できるじゃん、というスタンス。文化を「環境」と言い換えてもいいかも知れません。

ほんと、自然に言葉を引き出してれる素敵なインタビューでした。見習わなくちゃ。鈴木さん、ありがとうございました。

文化の共有、環境の移動、か。なんとなく今年はこのあたりの言葉をカギに活動展開していきたいと思っています。2012年の活動に向けたステートメントっぽいはまた後日。というわけで、本年もよろしくお願いします。


2011/12/31

ここ2週間、アップデート


12月16日の更新を最後に、久しぶりに二週間もアップをさぼってしまった。いかんいかん。ここ最近の体験をいっきにまとめてみます。

◯ナデガタ《全児童自動館》プレイベント


山城監督が中村児童館のウィンターステージに参戦。「はいカットォ!!!これは撮影ですからね!?ちゃんとやってくださいよ!!!」と、お客さんや、ダンスやジャグリングのパフォーマンスを披露しようとする中高生たちにダメだしや煽りをガンガン入れていく。役者とパフォーマーの間にある約束事をつくり、見方を変えていくこの方法。ナデガタが得意にしている「見立て」のテクニックの応用。


◯北澤潤《放課後の学校クラブ》


北澤くんが水戸でやっている《放課後の学校クラブ》の発表会に参加。詳しくは現在連載中のArtscape Blogにて。北澤くんの活動に共通するのは、なんだかどれも隠れ家っぽいのだ。子どもが好きそうな感じ。参加している子どもの1人が「ひっそりつづけたい」と答えていたのが印象的でしたよ。


◯山城監督PV撮影

山城さんが制作しているPVの撮影を手伝って来ました。東京のいろんな場所でバルーンを上げる。風の強さや、ビルの間で渦を巻く風の向きを読み、風船が浮かぶところを捉えるのはかなり難しい撮影だと思う。荘厳なビル群のなかに、自分が手放した風船が浮かんでいるのを見ると、風景をハッキングしたような気分でニヤリとしたくなる。


◯Form on Words 「CampFire」プロジェクト成立!

皆さんに寄付をしてもらって、無事成立しました。オーダーメイドの完売はうれしかったなぁ。お客さんの顔が見えること、知っている人が買ってくれたこと、まだ製品があるわけじゃないのに、これだけの人が買ってくれたこと、これは期待に答えなくてはなりません。


◯秘密基地ヲ作ロウ!

極地探検家の村上祐資さんのワークショップ《秘密基地ヲ作ロウ。》に参加しています。南極で培った様々なノウハウを使って、本気で秘密基地をつくるワークショップ。放課後子ども教室の一環で行われているのもあって、目が離せません。


◯《全児童自動館》説明会開催


ナデガタ3人が久しぶりに中村児童館に集結!児童館で映画をつくる、その最初の説明会でした。中高生15人+大人が一人ひとり自己紹介。ナデガタメンバーと児童館職員、アー児スタッフ、そして中高生が一人ひとり名前と年齢と特技を紹介。ギターやベース、弾き語り、芸能事務所にローラーガール…思わぬ特技連発でした。