ページ

ラベル 中村児童館 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 中村児童館 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016/01/19

大人と子ども、クロスフェード 

久しぶりに中村児童館にいって子どもたちと戯れた。普段の仕事では3~4歳と多く関わっているので、久しぶりに遊ぶ小学生がだいぶ大人に見えた。

一方で、今朝の朝日新聞のこの記事 (18歳って大人?精神科医・斎藤環さん:朝日新聞デジタル )には「25歳からが大人では?」という意見が書かれていた。

読んでみて思うことは、子どもと社会をつなぐ枠組みとルートのなさへの嘆きがこの記事の問題提起の核なんだろうなということ。だから、ここでの提案は大学を卒業して働くことを通して社会と自分との接点をヒリヒリするなかで経験した25歳以上にすべきだと言わざるを得ない、といういささかネガティブな提案になっているのだと思う。

とはいえ、ぼくもこの意見には概ね賛成で、なぜならぼく自身も大人の自覚みたいなのが芽生えてきたのが25歳ぐらいだったなぁと思うからだ。社会は自分基準で動いていないのに、自分本位で動いているように考え、振舞うことでたくさん失敗をした。子どものうちにこういうことを楽しみながら学ぶことができたらなあと思う。

その話でいうと、2014年の夏に参加したシンポジウム《ミュンヘン市の「こどもと家族にやさしいまち」-こどもによるまちづくり提案事業から学ぶ-》での衝撃は、子どもと社会をつなぐ枠組みやルートの設計次第で小学生でも子どもにはできることがたくさんある、ということだった。その具体的な内容についてはこちらの記事(「ミュンヘン、子ども、政治/遊びの仕組み」)にまとめている。

こちらの記事はより本格的な取材に基づいてまとまっている。→「ドイツの「子どもにやさしいまちづくり」が本気すぎて学べる 」

ぼくの失敗の経験から子どもたちに学びの場を提供したいなんておこがましいが、それはさておいても子どもと社会をつなぐ場がもっとあっていい。この事例のように、遊びの仕組みと政治の仕組みがクロスフェードするような場を、小さくてもいいから作っていくことだろうと思う。これにインターネットが絡んでくると、さらに面白くなりそうだな〜と予感する。何はともあれ、楽しくて興奮できるものでなければ子どもの気持ちは動かないし、それは大人だってそうなんだと思う。

*関連する記事はこれ

2013/12/23

キラキラ、ダラダラの質、見せるもの

放課後アートプラン関連企画オープン児童館「放課後体験ツアー」「中高生クッキングバトル」の2つのイベントが無事終了した。イベント終わって深夜まで並木くんとセバと飲む。セバが、言語の構造からみる日本語ラップの魅力について語ってて、それが面白かった。

昨日の昼間は、ゆう杉並にいって中高生主催の「アクティブフェスタ」に行ってきた。レッド・ホット・チリ・ペッパーズの『By the Way』のコピーや、ライムスターの「ウワサの真相」の元ネタになってるCreamの曲とかを演奏する高校生たちのライブが超かっこよくて、驚いた。高校生たちが放つキラキラをたっぷり食らった。

何よりよかったのは、ゲームサークルの子たちがスマッシュブラザーズの大会をやっていたり、鉄道の会の展示があったり、NERDな子たちの輝き。鉄道の会の展示には、どこかの電車を見に旅行にいったときの写真が展示されていて、彼らの青春の記録に胸を打たれた。

ゆう杉並では、高校生たちが自分たちで自分たちのためにイベントをやっていた。「これをやりたい!」という気持ちが集まっていた。しかしおとといの「中高生クッキングバトル」は構造が全然違う。これは職員とアージスタッフが強い思いをもって実現し、そこに中高生たちに乗っかってもらったかたちだ。いわば彼らをお膳立てしてステージにあげ、小学生や大人に向かってパフォーマンスさせている。「ちょっとめんどいな」と思っていた子もいると思う。当日はテンションぶちあがってたけれど。

児童館では、何もやりたくない、ダラダラしたい、めんどくさい、という気持ちが渦巻いている。そこで「何かやろう!」と持ちかけても、「えーやだ」となるに決まっている。

このことをどう考えるかがアージの企画のキモ。どの児童館に行ってもこの状態だから。

何もしない、ダラダラするということはダメなことなのか…?というのがひとつ。何もしていないということはない(息はしている)のだから、このダラダラの質、というのが問題だと思う。

もうひとつは、何かやろう!と呼びかけなくても人間の行動を喚起する手法はあるということ。やろう!と言われなくてもやりたくなる環境というのがある。たとえば、イベントが終わったあとの工作室は、余った食材が山盛りになっていて、それを使って男子たちがこぞって料理をつくっていた。材料を開放することで、つくりたくなるし食べたくなる。

あとはやったことのないことへの不安感をどう減らし、手を出しやすくするか。ドッジボールは面白いけど、話し合いは面白くない(面白くないものしか経験したことがない)。やったことのない初めてのことにどう取り組むかは人類の課題だし、それこそが創造性だと、アージでは考えている。

そして、そうやって子どもらのモチベーションを上げる過程をつくっていくことと同時に、お客さんにどう見せるか〜というのも大きな問題。もっと映像のクオリティ上げるとか、彼らの日常の振る舞いを見せるものに変える「枠組み」を作っていかなければならない。

しかし、その専門性はぼくたちマネジメントチームがもつべきものではなく、外注するべきかなぁとも思う。演出とオペレーションは分けたほうがいいと思うし、その点は悩み。

2013/05/18

解除するには「笑い」が必要


中村児童館でボランティア

今日は15時から18時まで、中村児童館でボランティア活動をした。ボランティア活動、っていう言葉自体がかなりへんてこりんっていうか、ほんと好きなように遊んでいただけだった。

今まで、なにかしら別の目的を持ち込んでいた自分にとって、児童館のボランティアという経験は意外としてなかったことに気づいたし、その視点で遊んでみるといろんなことに気がつく。

たとえば、

職員さんはコマやファイヤースティックなどの大道芸の練習を積んでいて、かなり上手い、

とか、

大人が率先してコマ回しとかやってると、子どもが真似したがって、みんながやる。で、最初にやってた大人はすっと抜けて、別の部屋で、別のことで何かを焚きつけて、また次にうつってる

とか、

いつもピーピーうるさい元気すぎる野鳥のようなあの子は、色彩感覚も抜群にいいが、ダンスも上手いし天使のように楽しそうに踊る

誰も大人がいない工作室では、5年生が3年生からカードゲームのカードを巻き上げようとしてる、

とか、

ぼくが隣にいても、気づいてないだろうとグイグイ攻撃する、

とか、

そういうナメた空気が醸成される要因は何かありそうだ、ふーむ

とか。

アージのスタッフとしては、「プログラム」とかいって理屈をこねることよりも、現場の「空気」をよくよく読み込むことを重視すべきだ。当然ながら。

あと、やっぱり快快の企画などで過去に一緒にイベントをやったことがある子とは、少し関係性が違う。共有しているモノが違う、っていうかそりゃそうだ。信頼関係や共通の思い出から、新しいなにかをつくろうよ!という空気が生まれる。そういう意味では、「祭り」はやはり必要だと思う。

Y時のはなしには出演していなかったけど、Nadegata の映画に出てたTくんとはちょっと特殊な、2人だけの遊びがあって、

ぼくがTをつかまえて、両腕をつかみ、片足を胴に巻きつけて「ロック」をする。
「なんだよ!」とTがいうと、ぼくは質問をする。たとえば「今日一番うれしかったことは?」とか。でそれが面白いと「ピンポーン」といってロックを外し、つまらないと「ブブー」といってロックをきつくする。もうこの遊びを続けてかれこれ2年か…w 

会うとかならず「は?だれだよおまえ、さわんなよ」と減らず口を叩いてから、「ロックしてみろよ」と挑発してくる。変なやりとりだよな。



今日の「ロック」の質問。

う:「今一番ほしいものは?」

T:「えー、うんこ」

う:「は?なんでほしいものなんだよ。」

T:「え、友達になげたい」

う:「は?」

T:「友達に投げたいの!」

う:wwww 「ブブー!」

T:「まじかよ」

う:「はい、今一番ほしいものはなんですか」(ロックをキツくする)

T:「えー、ちんこ」

う:wwwwww「は!?ちんこ一個あるだろ!」

T:「え、だってもう一個ほしい」

う:wwwww「ピンポーーーーーン!」

はーうける。理由の一個一個に創造性が見受けられるから、この遊びは彼とやっていて楽しい。

2012/10/20

コミュニケーションの連鎖に、小さな変革が


今日は快快DAYで、こーじさんの「中村小劇場」。中村児童館で出演する予定の子どもたち+αと、ゼロから演劇をつくる。こーじさんはあんどーなつのインタビューを読んで、彼らがどこまでできるのかを知りたいということと、快快が指示を出すんじゃなくて彼らが考えたアイデアを作りこんでいく方法を試してみたいということで、こんな企画に。すごく良かったし希望がみえた。


「演劇をやろう!」っていう呼びかけと、なんだかんだで考えてたのが死に方だったりして、なんだか『りんご』と重なるところがたくさんあった。館内放送で「これから、中村小劇場はじまります。やりたい人は工作室へ〜」って言って、わーっと工作室に集まってくる。途中からよしくんとけんじろうも来て、悪役がまとまっていく。しょうえい、さえ、ちっひーにまいまい、そしてひなたは確実にやるき。そこにいたタクミとユウは一年生で、なんだかもちもちしてたけど本当に最後までやるんだろか、と思っていたけど、やりきったし王子役の死に方は見事だったなー。タクミはどこでやる気になったのかわからないけど、怖い話を読んであげたりして、「うっすん読むのうまいね」って言ってきたり、すごく頭のよさそうな顔してて「よーじ」のモデルになった子はこんな感じなのかなぁとか想像する。「よーじ」はもうちょっとやんちゃかなぁ。そういえば、100%夏休みが終わって児童館に行って、なんとなくキャッチボールしてたのがあの子だったな。

子ども一人ひとりのやり方とかモチベーションとかあって、しょうえいなんかはとにかく戦いたいというか自分の強さ誇示したがるし、けんじろうはどんどん変なことやってくるし、ちっひー、まいまい、さえにいたっては、私たちはY時に出る!っていう自覚だけははっきりしてるくせにいざ芝居してっていうともっちもちでもう立ってらんないくらい照れる。ひなたには強い誇りと自信があって、演技らしい演技をやはり確実にこなしていく。よしくんは安定のパフォーマンス力で、気の利いたセリフをアドリブで言ったりする。タクミは甘えん坊だけど、文美さんと舞台装置をぬりぬりし、しかも剣をもって唐突に舞台に立ち、そのままなぜか王子役になって最後までやってのけた。


15時から説明とアイデア出し。
「はい、やりたいこと言ってくださーい」
「はい!殺し合いがやりたい!」
「はい!森があって、お城があってそのなかに・・・」
「さえはなんかやりたいことないの?」
「えー、妖精、妖精」
「えー、カイトがピストルやりたいってー!」
「そ、そんな事言ってねぇよ!もうやらねぇよ!」
「そういう話なら、姫がいるでしょ」
「宝がいるんじゃない?」


とかいって思い思いのことをいい、次にグループ分けをして、泥棒チーム、姫チーム、妖精チームにわかれて小道具をつくる。剣、王冠、羽。んでこれをつくってるときにオルガとブランカが現れて、みんなヨーロッパ人の赤ちゃん初めて見た!かわゆー!ってなって、とにかく小道具をバタバタと作る。それをつくったら、今度は稽古。

「はい、じゃあみんなは妖精だから、宝守って。なんか言って。」って言ってこーじさんの丸投げすごい。妖精たちはパタパタしながらてれってれで「恥ずかしい!どうしていいかわかんない!」とか言う。はいはいってなって、「はい、じゃあここで泥棒出てきて」っていったら男子たちが調子にのって出てくるが、とにかく罵声を飛ばして自分で笑ったりとかして全然進まない。照れるわやりすぎるわ途中から入ってくるわでバッタバタ。お前らもっと後ろに下がれよ!とか、この線からそっちに出てくるな!とか、距離が近いよ!とかこーじさんがいろいろ指示を出すけど、お客さんだったら「別にお前が面白いのであってこっちは面白くねーよ」的な気分に簡単になっちゃう感じの雰囲気。そうこうしてるうちにもうすぐ五時になってしまって、学童クラブの子たちは帰らなきゃいけない!となると、早く本番をしなければ。

というわけで暗転して、スポットライトで照らして、劇が始まる。

出来上がったのは、
「一人の王さまがお城に暮らしていて、宝物を守る妖精がいて、そこに泥棒が現われ、宝物が奪われてしまう。
剣士と一緒に王様が森の中にいくと、泥棒たちが酒盛りをしていて、お宝を帰して欲しければおまえらの城にいる2人の姫を連れてこいという。
翌朝、王様と剣士が姫を連れて森へいくと、泥棒が泥酔して寝ていて、目が覚めたら喧嘩を売られる。
姫をよこせばお宝をやってもいいが、その前に剣士と対決させろ!と言われ、剣士と泥棒のボスが戦う。
ボスも子分も何とか倒すんだけど、闘いで傷ついた剣士も死んでしまう。
姫たちが実は剣士の事好きだったのに、って言って泣く。
そしたら妖精たちが剣士を生き返らせて、かわいそうだからっていって泥棒たちも生き返らせる。
助けてくれたのはあなたたちですか?とかいって泥棒は王様に仕えることになる。
おしまい」
みたいな話。

なんか思ったのは、稽古のとき、他の子がやってるのをみてあーだこーだと口出しする子がたくさんいることや、なぜか客席に座ってたのに悪役のことを殴り始める子とか、けんじろうはなぜかダンボールの鎧?を着てたのでみんな殴りやすかったんだろーな、とにかく口や手がでる。もっとこうやってセリフ言うんだよ!みたいに上から目線でやじを飛ばす。「おい、そんな事言うならおまえあとで見せてみろよ!」とこーじさんがショウエイに言うんだけど、ショウエイはやってやんよ、みたいな感じでこれまた喧嘩腰。でも実際舞台に経つとまたぜんぜん違うダメな所が出てくるんだけど。とにかく、演じてる子に対して、じれったいのか歯がゆいのかなんだかわからないけど、自分のことを憑依させてしまうらしい。身を乗り出してやじを飛ばしてたもんなぁ。人がやってるのを観る、次に自分でもやる。その繰り返しなんだと思う。

彼らは今日、シナリオ、小道具や衣装、舞台装置、そして稽古をたったの2時間でやり、最後にはお客さんも入れてスポットライトを浴びながら演じきった。演劇のプロセスを2時間に濃縮したものを経験した。この積み重ねなんだろ~なーきっと。今は未だ、シナリオに関して言えばなんか見たこと在るような話を真似してつくっただけだけど、そのうち《Y時のはなし》がこうやって子どもたちとふれあう中で生まれた物語なのだということを、実感したり想像したりしてもらえたらいいなぁと思う。とにかく、あとに2回ぐらいは中村小劇場で稽古かな?2回やったらかなりレベル上がりそう。

お客さんとして発表を観る子もいるし、職員も観る。みんなやりたくなってしまうかもしれない。そうやって演劇をつくるという空気が館内に充満すると、表現すること、演劇することに抵抗がなくなってよりクオリティの高い表現をしたいとみんな思い始めるはず。小さい劇場のハコができたことで、児童館のコミュニケーションの連鎖に、小さな変革が起きた気がする。変革の積み重ねで、演劇をつくる空気に変質していくはず。

けんじろうに「今日の反省点は?」と聞いたら、「えーと、剣士と戦うところの場面が長すぎる。もっと死に方を工夫しなきゃ」とかいってまともなことを言う。よしくんしょううえいはなんて言ってたかなぁ。快快リーダーよんちゃんは、「まだまだ全然だめ!」とおもいっきり駄目出し。「どうしたらうまくできますかー!」ってけんじろうふざけて聞いてたけどまんざらではない様子。演技って恥ずかしいけど、普通に自分もやるってなったら恥ずかしいけど、どうやったら恥ずかしくなくなるんだろう。毎回反省会したらおもしろそうだな。あーなるほどね、リフレクションなんだね自分がやることも、他の子がやることも、あるいは大人がやることも。

絹代さんがなかよし児童館で「ウルトラバトル」を、こーじさんが中村で「中村小劇場」を、そしてゆいさんが東大泉で小道具作りをはじめる。東大泉もなんかそういう設定作ってあげれるといいな。各地で起きてる小さいイベントが12月1日2日でつながっていく。サードプレイスのプロデュース、にふさわしい感じになってきた。楽しみだなぁ。

2012/08/26

昂揚、会話


今日は中村小学校の芝生の校庭でキャンプ企画。館長とちえちゃんとイベントタイムだけ見学に行った。写真は「えだまめ王子」のライブ。

夏休みの最後を、校庭で、家族で、キャンプ。みんないるし、夜でも会えるし、こりゃァ楽しいだろう。みんなテンションが高まってた。中学生とかも、スカしてたけど、気持ちは昂揚してたはずだ。



《100%夏休み》で出演してたウィングらいまやシールドりょうすけ、泥のしょうたろうも来てて、お父さんお母さんとも話ができた。

小一男子がきゃっきゃ言って走り回ってる中で、りょうすけは

「ファイファイのさぁ、こーじとか、しんちゃんとか、しろーとか、みんな元気?今何してるの?」

しんみりと聞いてくるので、

「みんな新しい作品つくってて、稽古がんばってるんだよ」

と言うと、

「へー、新しいのなんだ。観に行きたいな。おれ、本番も絶対がんばるから、練習始まるとき言ってね」

と。なんか別にそんなたいしたことじゃないんだけど、こういう会話が嬉しくてやってんだなーと思う。「会話」ね、「会って話す」っていうことね。

完膚なきまでにいい企画にしてやろうと思った。12月の、Y時のはなし。



2012/04/05

音楽、バラバラ、グルーヴ

3月31日に、UNITに「Brandt Brauer Frick」というユニットのライブに行った。ミニマル・ミュージックの系譜なんだけど、ジャズっぽい音も、聴いたことないパーカッションのリズムも、入ってくる音がかっこよくその重なりだけでグルーヴをつくりだすからホントすごい。そしてライブはめちゃくちゃ楽しい。

《全児童自動館》の制作・上映の過程と、Terry Rileyの「In-C」という曲の構造が本当によく似ている、と感じている。1つの短調な連音から始まり、別の連音が合わさっていく。途中から現われたり、消えたり、介入してきたりして、グルーヴが現われ、方々に広がっていく。



「蓮沼執太フィル」が3月20日の「MUSIC TODAY」で演奏していたのを聞いて知った曲なんだけど、聞いていて、この感覚知ってるぞ、と思っていた。それは児童館に流れる、中高生の複数の「気分」が、うねりをあげて当日に向かっていたあの過程だなぁと。

ひとつのコミュニティの作り方として、リーダーシップを誰かが発揮して一つの方向に導くのではなく、バラバラな意志が収束したり、拡散したりしながら、それぞれが調律していく方法がある気がしている。その豊かな「知性」をどうやって開こうかと思案している。

中村児童館の高校生が今日、「ちっちゃい子も、小学生も、中学生も高校生もいて、大人もいて、年齢も学校もバラバラの人が集まって一つの空間が成り立っててスゴイ」と言っていた。ぼくもこれスゴイと思う。今年のプロジェクトは、近代が生み出したいくつもの「分断」を乗り越えて、大きなグルーヴをつくっていく。それは児童館という壁を超えて広がるうねりであってほしいと願う。その方法論として、「音楽」はとても近いと思っているのです。






2012/03/12

旅路の開き方

制作の渦中にいて、今考えてることを上手く言葉に出来ないけれど、とにかく書いておくためにこのブログをやってるわけで。



今日は、海を目指して電車にのった。普段会ってる場所から離れたところへの「旅路」を開いた。この「旅路」はもう一つ、参考となる将来像を示した、ということでもある。将来こうなりたい、という像ではなく、こういう可能性もあるんだ、という体験として。

プロジェクトは、「旅路」を開くためのメディウムになることができる。内側から外側へと関係をつくりかえていく。外側にはただやみくもに広がる「楽しいこと」があるわけではなく、プロジェクトという「手段」がある。その手段をどんな目的に使うかはその人次第だが、その手段によって想像力の範囲の射程の外に出ていくことができる。そうして「旅路」は開けていく。


3月11日14時46分そのときは、ビックカメラのテレビの前で迎えた。黙祷が場所をつつんだ。多くの人々がその時間を同期し、多くの死と喪失と結びついた。鳥肌がたった。その内側の強い連結を感じたけど、外側に出ていく手段は持ち得ないのか。旅路は開けないのか。

2012/02/02

児童館、あやふや、可能性

中村児童館でチラシのサンプルを作ったのち、館長とあんどーなつと飲みに行った。館長、ごちそうさまでした。



今月7日にある研修会の打ち合わせをしながら、現状のことを色々教えてもらった。児童館は目的があやふやな場所で、なかなかその活動価値をPRしにくい、という課題の話をしていたけど、たしかになぁーと思う。民営化や、ボランティアや中高生との関わりなど、変化の時期だねーという話をした。ぼくはそのあやふやさに可能性を感じてるんだけど、たしかに言葉にしづらい。

アー児は見方によっては中途半端で、アーティストにとっては、アート界での評価にはあんまり繋がらないかも知れないし、児童館の人には理解してもらえないかも知れないし、どっちらにも得にならないかもしれない、という意味では、すごくリスクが高い。エッヂの効いたプロジェクトをやりすぎると破綻するかもしれない。

やり方を変えていく必要を感じている。確かに、変化の時期だ。

2011/12/10

オープン・プロセス

今日の昼間は中村児童館へ。館長とあんどうなつへ、ナデガタプロジェクトの進捗報告。動きが本格化する前に、ナデガタが思い切り動けるように一つ一つ確認をしていく。おもいがけず安藤さんお手製の五平餅をごちそうになった。



午後はちょっとした仕事を済ませてからオペラシティへ。『感じる服、考える服: 東京ファッションの現在形』を観てきた。デザイナーの独創性だけで服を作るのではなく、そのアイデアが生まれるプロセスを見せるような展示。出展している全ブランドのショーの映像が見られるのだけど、mintdesignsの映像がスマートで、一番好きだったな。Form on Wordsの次回のショーでは参考にしたい。

いっしょに見た、ICCの三上晴子『欲望のコード』もすごく面白かった。徹底的に「視線」にこだわりぬいた作品。


初台から歩いて新宿、ついで秋葉原へ。事務局会議。来年度に向けた「仕組みの設計」の話を共有してきた。これも、自分たちの独創性だけでなく、アイデアを生み、かたちにしていくプロセスの設計。



最近毎週金曜日の夜は、AKBのことを話しながら帰ってる気がする。

2011/11/28

時間の手触り ーナデガタプロジェクト始動

今日は山城さんの家でのナデガタミーティングに参加。中崎さん、野田さん、山城さんの3人のやりとりの中でプランが構想されるプロセスが本当に面白い。イメージを提案し、共有し、拡散し、修正していく。「練りあげる」という言葉がぴったりの、濃密な時間だった。



昨年の8月から2月にかけて10数回児童館に来てもらっていたこともあり、児童館のイベントや、主要人物のキャラクターがイメージの素材になっているようで、リサーチプロジェクトの成果を実感してとても嬉しくなった。

「シチュエーション・スペシフィック」という言葉を服部浩之さんが《24 OUR TELEVISION》のドキュメント・ブックの中で使っていたけれど、ある状況(例えば、中高生がたくさんいる児童館)から彼らが考え出したフレームと、現実の状況とを噛みあわせていく。そのセンスは本当にすごい。そのフレームにはNIP特有の基本構造があって、ときにお馴染みのキャラクターや絵が登場したりする。今回も何が登場するのか、ナデガタファンには楽しみの1つだ。

児童館と中高生、あるいは「思春期という時代」を素材に、思い切り遊んでもらえるように。その過程できっと、感じていなかった時間の手触りが得られるはずだ。


2011/11/25

イエローケーキ、可能性

今日はNIPのメンバーと、3月のプロジェクトに向けて最初のミーティング。《Yellow Cake Street》の映像を見せてもらい、むちゃくちゃドキドキした。直接現場にいけたわけじゃないけど、NIPの作品の中で、間違いなく一番ドキドキした。

児童館は「可能性と出会う場所」だと思っていて、それは学校や家庭では出会えない大人や活動に出会うことだと。中村児童館は、ぼくが中高生という可能性に出会う場所でもあり、中高生がアートという可能性に出会う場所でもあると。できるだけ面白く、わかるようでわからないアートに、最初に出会ってほしい。この最初の体験は、強烈であるはずだから。


2011/11/13

中村児童館へ、これから


夏以来、久しぶりに中村児童館へ。一大イベント「あきまつり」だった。すっかり間が空いてしまった。久しぶりに会うと小学生は大きくなっているし、中高生のメンバーも少し増えたり減ったり入れ替わったり。彼らは本当によく働くし、力仕事を進んでこなす。ボランティアの学生や社会人も、たくさん集まってくる。本当に人を集める力のある児童館だ。

この児童館で、今オーストラリアで活躍中のNadegata Instant Partyのプロジェクトがいよいよ始まろうとするわけだけど、これもまた相当な覚悟が必要だ。いかんせん、今年のプロジェクトはどれも規模も威力も大きく、いろんな意味で混乱を招いている。これは交通整理できていないぼくの責任なのだが、想いが空回りしてる感じになっちゃってる。

混乱ではなく、"問いかけ"にしなければならないなぁ、と思う。崩壊させてはいけない。高山さんの言葉を借りることになるが、美しい"亀裂"にしたい。『未知との遭遇』のあのシーンのように、揺らぐ光が漏れるような。現状を否定も肯定もせず、判断は観客にゆだねる、という風に。

子どもたちには、自分の意志で、ある程度のリスクを負って、プロジェクトに参加してほしい。そのために参加のフレームを設計しなければならない。その設計として「あきまつり 子ども実行委員会」はとても参考になる。お店屋さんをやる子どもたちも、多少なりともリスクを負っているわけだから。

何をしていいか分からない状態をつくらないように。何をしていたのかわからなくなるように。

Nadegata Instant Party《Yellow Cake Street》

2011/07/13

7月17日(土)オープニング・ミーティング



アーティスト・イン・児童館2011[予告編]
オープニング・ミーティング

ファッションショー、パレード、フェスティバル!?2011年度「アーティスト・イン・児童館」の新たな企画がいよいよ始動。多彩な招待作家3組による作品プランを紹介し、その中でいかに遊ぶか、来場者を交えてアイデアを広げるオープニング・ミーティングを開催します。プロジェクトを一緒につくるサポーターについての説明も実施。入場無料、予約不要です。子ども、地域、アートに関わる活動にご興味をお持ちの方、お気軽にご来場ください。
ゲストアーティスト:
西尾美也/山本高之/Nadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)
※中崎透さんは都合により出演できません。ご了承ください
会場:アーツ千代田3331 東京文化発信プロジェクトROOM302
日時:平成23年7月17日(日) 18時~19時30分
   ※19時30分から20時まではサポーター登録をしていただける時間となっております
お問い合わせ▶
アーティスト・イン・児童館 実行委員会 事務局
〒178-0064 東京都練馬区南大泉3-14-27
mail: info@jidokan.net
tel   : 080-1207-1395(担当:臼井)
主催:東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人 東京都歴史文化財団)、アーティスト・イン・児童館実行委員会

2011/03/26

2011/03/25 大久保児童館と中村児童館

《完全避難マニュアル》で絵本をつくって以来、4ヶ月ぶりに大久保児童館を訪れた。あの時、絵を描くというよりも、部屋中で全身で表現をし続けたハヤトは、少し背が伸びて顔も大人びていた。みんな以外にも絵本のことやぼくのことを憶えてくれていたのが嬉しかった。大縄跳びをしたり、バレーボールをしたりして遊んだ。

もうすぐで閉館になって、建物もなくなってしまうあの児童館の人たちに、僕らが残せることといえば絵本を綴じて届けることぐらい。「いろんな国の子どもたちが集まる面白い場所が歌舞伎町の裏手にあった」と過去のことになってしまうのがとても寂しい。月曜日に絵本を届けにいくのが楽しみだ。

ひとしきり遊んだ後、中村橋で降りて中村児童館へ。安藤さんと地震の後のこととこれからのことを話したくて行ってみたら、もうすぐ高校二年生になるノブとタクムがいた。4月の「なかなかTIME」も時間が短くなってしまったみたいで、実質中止。約束をしなくても行けば誰かがいて、いろんな人と友達になれて、語り合うことができるこの場所と時間がなくなることをとても困っていた。

「同じ学年で集まっても話広がらねえじゃん。いろんな年の人がいるからここに来てるんだよ」と言うタクム。これにはノブもうなずいていた。

ため息をつくノブ。あーあ、とあきらめムードなタクム。ふと「じゃあ、夏、キャンプにでも行くか!いろんな人誘って」とらしからぬ提案をしてみたら、思いの外2人は食いついた。彼らともう1人、ショーンという男を加えて、16歳と23歳で夏キャンプ実行委員会をつくることに。なかなかTIMEの中止が功を奏して、面白い話が立ち上がった。


2011/02/21

Let's Research For Tomorrow 成果報告+新規事業プラン説明会!

2月も後半になり、寒い日と暖かい日が交互にやってきております。
時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

さて、私たちアーティスト・イン・児童館実行委員会は、来る2月26日土曜日(17:30-18:30)に、2010年度に練馬区立中村児童館に招待しているアーティストユニット「Nadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)」より、今年度の成果報告と来年度の新規プロジェクトプラン説明をするイベントを実施させていただく運びとなりました。

下記にチラシを添付いたしましたので、ご確認のうえお気軽にご来場ください。

みなさまのご参加、心よりお待ちしております。

アーティスト・イン・児童館プログラムディレクター
臼井隆志


2011/01/29

2011/01/26 Let's Research For Tomorrow

レッツ・リサーチ・フォー・トゥモロー!

NIP3人揃い踏みで、だいぶプランが固まってきたこの日、2月26日の制作発表に向けて、スケジュールを調整したり、具体的なプランを話しあってから、児童館へ。

児童館では、館長や安藤さんに26日に発表する内容のことを話しつつ、中高生にも挨拶しつつ。そのまま寒い冬のよるのグラウンドに連れて行かれて、みんなでサッカーをすることに。中崎さんにはチラシをつくってもらうはずが、結局サッカーで…。いつも結局遊んでしまう、というのがこのリサーチで度々繰り返されてきたことなのです。

そんなこの日のレポートは、野田さんからの一言↓↓

さて、次回は2月9日。この日はあんドーナツとの具体的な打ち合わせも待っています。

しかし、卒論提出間際でなんだか頭が切り替わっていないぼくですが、ちょっとこの日はぼーっとしてました。ミステイク。

2011/01/16

2011/01/12 Let's Research For Tomorrow

この日はレッツ・リサーチ・フォー・トゥモロー。Nadegata Instant Partyの中崎透さんが、初めて一人でリサーチ。

ふうが、うら、のぶの中学生三人組と、中崎さん、職員のきょうちゃん、臼井の3人でひとしきりサッカーをしてへろへろになったのち、臼井は果敢にもたくむに総合格闘技関節技戦を挑む。あっさりと2連敗して、だらだらと休憩。(たくむはめちゃくちゃフィジカルが強くて、アームロックもヒールホールドもちっとも決まらなかった。腕を取られて終わり。)



その後、ひろしやたくや、ふうが、大竹ちゃんたちと児童館の人間関係を色々と教えてもらう。

リサーチ終了後は、ハウスマッカリで新年会第二弾。鍋を囲んで、あんどーなつとちえちゃんも来てくれました。

ここでなんと、中崎さんから来年度実施プロジェクトのアイデアを発表。今はまだ秘密ですが、キーワードは“automatic”と“5000”です。

さて、中崎さんはこの日の様子をこんなふうに振り返っていますよ。↓↓



レッツ・リサーチ・フォー・トゥモロー!!

2010/12/21

12/19 Instant Scramble Gypsy

Nadegata Instant Partyプロデュース
『Instant Scramble Gypsy』

目当ては、その作中に登場する「どまんなかセンター」。

今回のリサーチのメンバーはなんと中村児童館のおなじみしげと、児童館担当職員のちえちゃんと、祐斗の彼女のカズキ。しげ、祐斗、あんどーなつといえば、ココ数年児童館を牽引してきたトリオで有名だが、この日はちょっと異例のメンバー。

アーティストが児童館をリサーチするのの反対で、児童館のメンバーがアーティストをリサーチするいわば「逆リサーチ」が起こったのだ。この日の事はぼくのフィールドノートに着々と綴られている。


ところで『24 OUR TELEVISION』の時も思ったけど、ナデガタの作品はどうしてこんなに切ないのかな。イカれたコンテンツで空間が満たされてて、カオス状態なのも面白いんだけど、なぜだろう。それぞれ一生懸命やっているからなのだろうか。それを遠くで眺めてる気分だからだろうか。「どまんなかセンター」に居ると、まるで映画でも観ているような、そんな気分になってしまう。



最近『リリイ・シュシュのすべて』を観たせいなのか、「どまんなかセンター」に入り浸る中学生をしげが外に連れだしているのを、ぼぉーっと見入ってしまった。


みんな「ほんと、今日来てよかった」と言っていて、NIPのみなさんも「来てくれてよかった」と言っていて、ぼくはとても嬉しい気持ちになった。しかし、この日起こっていたことが、後に大きな影響を及ぼすことを、今はまだ誰も分かっていないのだ。

2010/12/19

12/18 ウィンターステージ

中村児童館に通い始めたのが去年の「ウィンターステージ」からだから、この日でちょうど1年。去年も出演していたパフォーマーたちが、研鑽を積んでまた出演していた。メンツがいれかわっていたりして、1年経ったことをのんびりと実感。

AIRS in Nakamura Children's House from Takashi Usui on Vimeo.


この日のエアーズはAKB48『ヘビーローテーション』。すごかったよ。

2010/12/04

12/03 飲みに行く


大泉学園のスターバックスで珈琲を飲みながら論文を進めていた。関係性のモデルとして以前から考えていた「向き合う」「寄り添う」という2つのモデルを文章化できたことに少し満足しつつ、少し早めの時間に店を出てポラン書房に行くことにした。

奥さんと会話をすると25日に落語の会をやるらしく、クリスマスなのになんで?とか話したり、最近の活動のことを少し話したり、そんなことをしながらお店の中をめぐる。この日は最高気温が23度という異常気象な日だったわけだが、店先の特集コーナーには12月を象徴する絵本が沢山並んでいて懐かしい気持ちになった。ポーランドの仕掛け絵本と『考現学入門』を購入して店をあとにした。

買えなかったエンデ全集に後ろ髪を引かれつつ、電車に乗って中村橋に移動。おジョーと待ち合わせをして、恵比寿の写真美術館で開催中の『ラヴズ・ボディ』の招待券をもらった。二人で中古ゲームショップに行って、DSのコーナーに並ぶゲームについてあーだこーだ言いながら、あんどーなつと待ち合わせの18時まで、時間をつぶす。

おジョーと別れてあんどーなつと落ち合う。「トロッコ列車」という行きつけのコジャレた居酒屋に入り、ビール2つとカキフライと豚の角煮を注文した。ここの店員さんは、シャイなんだけど明るく振舞うことを精一杯やっている、感じのいい人だ。少しだけ高めなのが難点だが、料理は美味しい。

疲れ気味のあんどーなつと飲みながら、先日のオープンミーティングのことを話した。おもむろにカバンから封筒を取り出し、

「一通だけ後から届いたんだよ。西大泉児童館の秋山館長から。」

と、アンケートを渡してくれてた。秋山さんはぼくが児童館のリサーチを始めた2007年にかばちゃんの相方として職員をしていて、次の年に西大泉児童館の館長になった女性。秋山さんはそれ以前にも西大泉で職員としてかばちゃんと組んでいて、かばちゃんが移動してその後相方を務めたのがあんどーなつだった。

そんな秋山さんのアンケートからは、あの場を面白がっていたことがひしひしと伝わってくる。なんだか分からないけど、奇妙に高揚した感じがそのふであとから伺うことが出来た。

「あの場所で、職員の価値観ではできないことができるかも…っていうふうに、胸がざわついた人たちがたくさんいるとおもうんだよ。その空気を感じた」

と、あんどーなつ。

その後Nadegata Instant Partyの話になる。巻き込む対象は、しげじゃないんじゃないか?と話したり。「しげはもうスタッフだから。中村児童館の職員だからね。風雅とかいいんじゃないか。」あんどーなつは風雅をしきりに押していた。ぼくはあいつのこと、廊下とかではふざけるけどステージ上では恥ずかしがって出来なくなるタイプかと思っていたのだがそうではないらしい。パフォーマンスするのが大好きで、放っておいたらずぅーっとネタをやってるようなタイプなんだって。
ぼくは、しげじゃないとしたら、ひろしやたくやなんじゃないか?という。ひろしはむちゃくちゃ頭がキレるし、中村中出身じゃないから、また別のネットワークを持っている。たくやは優しくて昔からの馴染み。あるいは野田さんが力を発揮して、女子たちをそそのかすとか、そんなふうにナデガタが中高生をどんなふうにいじるのか、いろんなパターンを想像して楽しんでいた。

「ナデガタ、特に中崎くんにまだ「職員」としか思われていない気がして、オレはもっと話がしたいんだよ。基本的に彼らがどんなにヤバいことをしようが受け入れるつもりだし、あんまりやばかったらそりゃぁストップかけるしさ。山城くんも中崎くんも、なんだか躊躇してるんじゃない?」

「オープンミーティングの時だって、「大人の遊びしてみぃひん?」っていう呼びかけに、奴らは一瞬エロいこと考えたわけさ。地域の人達だって、エロいこと妄想してざわめき立つ奴らみて、「全くこの子たちは」ぐらいにしか思わないでしょ。児童館にエロいこと持ち込むぐらいの、そのぐらいのことしてもいいと思うんだよ。おれとかちえちゃんが「ちょ、ちょっと、ここは児童館だから!」って突っ込む演技するからさ。そのぐらいでいいのに、山城くんは「っていうのは<仕掛ける側>になろう、っていう意味で」ってフォローしちゃった。もっと悪ふざけしていいのに。」

たしかに、山城さんも中崎さんも躊躇がある気がする。なんだか『24 OUR TELEVISION』以降、少しずつ毒が抜けてきた気がするのだ。やっぱり美術館が舞台になると、毒素の強いことができるのかなぁ?アートの制度に守られたところのほうが、彼らは力を発揮するのかなぁ。

「今年の2月のナデガタのプラン発表は徹底的にふざけようね。正装してさ、プレスもたくさん呼んで、「2011年のプランが決まりました。やってみなければわかりません」みたいな、何も決まってないのをポジティブに行ったりしてさ、その後の宴会でしげが泣いたりして、「ほんとやってよかったです!」みたいな盛り上がり見せちゃって、それで実は何も決まってない、がーん…みたいな感じとかさ、面白いじゃん。」

たしかに面白い。でも、児童館っていう場所はすべてが遊びになってしまう。ナデガタはこれまで、遊んじゃいけない場所で遊んでたから面白かったのだ。遊んでいい場所で遊んでも面白くない。例えば、児童館という遊びのための場所で、ガチなことをする。ホームレスの宿にするとか、なんかそういうガチなことしたら面白いんじゃないかとも話した。

なんだか安藤さんとたくさん共有できた気がする。来年、24 OUR TELEVISIONを超える、ガツーンと強烈な作品を作ってほしい。

「ついぞびっくりしたことがない人間なんだよ。ナデガタはおれのことびっくりさせてくれるんじゃないかって、本当に楽しみなんだ」

それはぼくも楽しみだ。