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2010/10/18

Open Meeting 1st 活動紹介用テキスト

アーティスト・イン・児童館とは

遊びの世界を社会とつなぐ
  「アーティスト・イン・児童館」とは、子どもたちの遊び場である児童館にアーティストを招待し、児童館をアーティストの創作・表現のための作業場として活用するプログラムです。
 「アーティスト」とは、モノを作ったり、パフォーマンスをしたりして言葉を超えたコミュニケーションを持とうとする人たちのことです。こうしたアーティストの創作・表現の活動と、子どもたちの遊びの活動は児童館の中に対等なものとして共存します。アーティストは、流動的な子どもたちの遊び・生活の現場に出会い、翻弄されるかも知れません。子どもたちは、日常的な行為さえも作品の素材として取り込んでいくアーティストの創作・表現へと巻き込まれるかも知れません。
 そのような掛け合いを経て作品が生み出され、発表されます。子どもたちの家族、近隣の住民、学校の先生、自治体の職員、キュレーター、評論家、アートファンの人びとが、児童館から生まれた作品に出会います。
 このようにして、子どもやアーティストが体験している世界を、遊び・創作・表現の活動及び作品を通じて社会へと接続しいくことがこのプログラムの目的です。


これまでの活動

西尾美也、北澤潤、Nadegata Instant Party
  2008年度から始まった「アーティスト・イン・児童館」では、これまで練馬区立東大泉児童館に人のアーティストを招待してきました。
 2008年度は衣服や人の装いをテーマにしたアーティスト西尾美也氏による「ことばのかたち工房」を実施。大泉の街で働く人びとの仕事着を「ことばのかたち」に着替えさせました。
 2009年度は島、村、民などをキーワードに活動する北澤潤氏による「児童館の新住民史」を制作。児童館の日常を観察した「手記」を、児童館の壁面に400枚貼りためていきました。
 2010年度は練馬区立中村児童館にNadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)を招待し、作品の「試作」を実施していきます。


「アーティスト・イン・児童館 実行委員会」の仕事


企画、制作、成果報告 
 「アーティスト・イン・児童館」は、アーティスト・イン・児童館実行委員会が東京都、東京文化発信プロジェクト室と共催で実施している事業です。2008年度は自主的な活動として、2009年度から現在のような形式になりました。現在、練馬区立東大泉児童館(2008~)と練馬区立中村児童館(2010~)の2ヶ所で実施されています。
 当プログラムは、委員会が共催団体との協議を経て、児童館への協力依頼とアーティストへの制作依頼をし、双方の承諾を得て実施が決定します。続いてアーティストの児童館リサーチ、児童館の関係者との話し合いを経て、制作する作品の内容と発表の形態が決まっていきます。
 実行委員会スタッフは、児童館やアーティストへのアプローチ、企画の立案や共催者との協議、資金集め、制作現場のコーディネート、広報、展覧会や記録集の制作などを行ないます。

 
中村児童館での実施について

中高生とアーティストの出会い 
 中村児童館では「なかなかTIME」という中高生対応事業が実施されています。現在、多くの自治体が「中高生の居場所づくり事業」に積極的に取り組み、その実施場所として児童館が挙げられていることが多いようです。
 私たちはこれまで小学生との活動は実施していましたが、中高生との活動は行っていませんでした。そこで、中高生とアーティストが児童館のような学校とは違う場で出会い協働する機会をつくることで、これまでとは違う新しい活動が生まれることと、「中高生の居場所づくり事業」への貢献が期待できると考え、中村児童館に実施を呼びかけました。


Nadegata Instant Partyの招待について

甘酸っぱい「学園祭」とシニカルな「美術」 
 現代美術の潮流の一つに「参加型」のスタイルが挙げられます。Nadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)もそこに居合わせた人びとの「参加」によって、作品をつくっています。それは例えば、24時間だけの素人テレビ局が様々な番組を放送したり、何でもない住宅地にデートコースを出現させたりして、そこでの「出来事」とその「仕組み」自体を作品として仕立てています。
 中学や高校の「学園祭」にも似た、甘酸っぱいエネルギーにあふれた作品を生み出す彼ら。しかし、そこに登場する「ネタ」の中には、現代社会への批判とも見受けられる毒を含んだ笑いがあります。美術の素人も玄人も喜ばせる、そんな彼らを、実際の中高生に出会わせてみたいと私たちは考えました。
 

今後の展望について

アーティスト、児童館とのネットワーク 
 2011年度、「アーティスト・イン・児童館」は、中村児童館でのNadegata Instant Partyの制作プロジェクトの他、絵画、演劇、映像など、様々なジャンルの表現を試みるアーティストと共に、都内児童館計5ヵ所での実施を目指します。実施までの過程に関しては現在協議中ですが、今年度はこの「オープン・ミーティング」を通じて児童館とアーティスト双方とのネットワークを築いていき、2011年2月までに実施計画を定めていきたいと考えております。

10/16 西尾美也「OverAll : Shibuya River」/石上純也展

10/16

西尾美也「OverAll:Shibuya River」


西尾さんの「OverAll」シリーズの最新作「Shibuya River」のパフォーマンスに参加した。今回の挑戦は、田中千代ファッションカレッジの先生方と協働、パタゴニアや渋谷区民の方々も巻き込み、かつて流れていた「渋谷川」を想起させる。聞けば、パフォーマンスの交渉はほとんどファッションカレッジの先生が担当したとか。厳格な規制を区民の想いが揺るがし、「渋谷川」の亡骸として古着の川が流れていった。たった15分の、歩行距離もごく僅かな、奇跡のようなパフォーマンスだった。


道行く人は興味を持ち、一緒に「川」を持つ人もちらほら。しかし、何もないかのように目もくれずに通り過ぎていくカップルもいる。なんだろう?とか、面白い!とか、そういう感情さえない。コミュニケーションの拒絶がそこにはあった。


資生堂ギャラリー 石上純也展「建築はどこまで小さく、あるいは、どこまで大きく広がっていくのだろうか?」

渋谷から新橋に移動。資生堂ギャラリーへ。空想も虚構も現実のプランも入り交じった石神さんのアイデアが「プロジェクト」として整然と展示されている。ファンタジックな素敵なアイデアたち。アイデアの説明と模型というシンプルな提示なのだけど、それが並んでいると建築の多様な可能性を考えざるを得ず、空間への常識的な認識を改めざるを得ない。

でも同時に、こんな批判もある。確かに「無反省な「いいこと」を強いるムード」はあった。だが、これらのプロジェクトはほとんどが空想で、建築にこだわった空想を手がかりに現実を考えてみる思考方法はぼくは嫌いではない。

建築家の仕事の仕方をリスペクトしているし、積極的に真似していきたいと思っている。

2010/10/16

10/15 渋谷UNIT

ovalの活動再開記念ライブに行ってきた。

でも、この日一番よかったのはICCで展示を予定している渋谷慶一郎さん。ノイズなのだけど、それはある世界を想起させる精度の高い構成になっていて、全く新しい音楽を聴いている気分になった。車か飛行機か、あるいは体自体がどこかを高速で移動しているかのような体験をした。

音楽の体験は、皮膚や内臓で、直接振動を受け止めるものだから、それは強度が高い。翻って美術は視覚から。皮膚や内臓が反応するのは、視覚から情報を解析し、記憶の中の何かと結びついて別の感覚を想起させてから。目ではなく身体全体が反応するまでに「消化」する時間が必要。音楽のほうがわかりやすいのだ。だから音楽のマーケットが大きいのだろう。

一緒に行った山城さんは「音楽ええなぁ、うらやましいし、さびしいし、なんか悲しくなってきたわ。」「美術じゃこんなかっこええこと無理なんかなぁ、なんかほんまにおれもかっこいいことしたいわ」と言っていた。だからといって美術も負けてられん!強度の高い体験をつくりたい。

2010/10/15

10/13 中高生VSアーティスト [Open Meeting 1st]

10/13 wed.
『中高生VSアーティスト 遊びと美術のネクスト・ステージ』

エアーズのパフォーマンス、あんどーなつの不思議な部屋、それを盛り上げるナデガタ中崎さん山城さんのスキル、野田さんの空間とお客さんへの配慮、そして中高生を最後に魅了した山城さんの訴えかけ。極めつけは卓也の「おれたちにも何かできるとおもう」という言葉。もっと時間がほしかった。反省点はもちろんたくさんあるけれど、でも、成功と言っていいと思う。

ぼくはこの日、ナデガタの真髄は「演出」にあると感じた。言葉、マイク、ギャグ。それはある種、人の心を高ぶらせ、何かしたい!とそそのかす技法。24 OUR TELEVISIONでも、「カメラ」という道具によってその妙技は見事に発揮されていた。でもそこにあるのはイタズラ心(もっと強く言えば悪意)だけではなく、現実が想像を超えることへの希望でもあるように思う。

中村児童館の連中には、その技法を十分に盗んでもらいたい。それを使って新しい遊びを編み出し、拡散させていってほしい。

児童館という施設への貢献ももちろん考えたい。職員、保護者、ボランティアサークル、中高生、小学生、幼児という現在の児童館利用者の縦の階層と、児童館を利用しない中高生、小学生、関係性を持たない地元住民という児童館の外側のコミュニティがある。つながる回路を組み立てるか、巻き込む"台風"を作りだすか、彼らの悪ふざけには、ある運動と構造が内包しているはずなので、そこから導きだしていきたい。

さらに、ナデガタが演出し、中村児童館の連中が応答した出来事が、展示され、公開されるとき、人に分かりやすいショックを与えるものになっていてほしいと思う。「こんなことしちゃっていいのかよ・・・」と、観客が罪悪感すら覚えるほどの何かになっていてほしい。それが売れるものになっていれば、もっといい。

2010/10/12

10/10 六甲ミーツ・アート(後編)



そんな中で、「OFF COURSE HILLS」は異彩を放っていた。レジャー施設の中で、TDLやUSJのアトラクションのような見立てで、観客は何か面白いものがあるのかな、と迷いこんでいく。


その元レストランの中に「かつてある夫婦が経営していたレストランに、戦国時代から5人がタイムスリップしてきて・・・」というフィクションのストーリーが埋め込まれている。チャプタごとに物語が展開していくのか、と期待しながら歩いて行くと、どうでもいいしょうもうない話に期待を裏切られる。









チャプタごとの情景描写も、イスを積み上げて「山」や「馬」をつくっていたり(でもそれが川俣正やマルセル・デュシャンへのオマージュだったり)、ペープサートのアニメだったり、このあたりの"即席感"は彼らの特徴。ナデガタの作品を見ているといつも「くったくただな!」という感想を抱く。形がクタクタになっていて、原型は想像しないとわからないようになっているのだ。そのクタクタをどこまで見せて、どこまでカッチリ型にするか、そのバランスが彼らの作品の決め手のように思える。


今回、この作品は実は3重の層になっている。
①:「夫婦と戦国時代のサムライたちのドタバタ話」
②:「その伝説を追いかけたヒロシ(8歳)の話」
③:「ヒロシを追体験する観客の話」
・・・この入れ子構造が作品としての批評の対象になりそう。


でも実はこの構造はどのメディアにも埋め込まれている。例えば自伝やドキュメンタリのように「事実」を描写したものでさえ持っている構造だ。ある「事実」(①)を、描写・演出する誰か(②)がいて、それを読む私たち(③)が居る。だれもある事実をありのままに体験することはできず、②の色眼鏡を掛けて見なければそれは成立しない。


描写、演出され、追体験できるものはすべて、「事実」として捏造できちゃうのかもしれない。裏をかえせば、演出されたものの中に「事実」はどこにも存在しないのかも知れない。


とまぁ考えてみたけれど、ぼくが建物の中に居合わせたお客さんは、他の作品同様「ふぅん」という感じ。「学園祭みたいだな」「なんだかよくわかんない」「なんでこんなことしてんだろう?」「しょーもねー・・・」とつぶやきながら建物の中を歩くお客さん達。


美術作品に対して、こう斜に構える人たちばかりだけど、オーディエンスとのコミュニケーションは難しいなと。本筋となる物語(①)の構成がもっとしっかりしていて、限りなくホントっぽい話になっていれば、作品の批評性を彼らも受け取ることができたんじゃないかな。この作品の仕組みが分かってこそ楽しめるはずだし、アトラクションだと思って迷いこんでしまった人が、その仕組に気づいて「はっ」とする瞬間をもっと見たかった。

 


リテラシーのある人だけが「はっ」となる作品にあんまり面白さは感じ無い。誰もが「ガーン」と喰らうような作品がぼくは好きだ。




10/10 六甲ミーツ・アート(前編)

10/10 夜行で日帰り、六甲・大阪旅行へ行ってきた。


目的はNadegata Instant Partyの新作「OFF COURSE HILLS」を観ること。今回はライブをせずに、フィクションだけで"出来事"を作っているとのことで、そりゃ新境地だから見てこなきゃ、というわけだ。








それにしても、六甲山自体がとても素晴らしい観光地。聞けば、平日は全く人がいないそうだけど、この日は移動のバスも超満員で大繁盛。カップルと家族ばかり。こんなに人がいて、面白い施設が沢山あるなら、アートで客寄せなど必要あるのかな?と思ってしまうほど。遊びに来ることが目的で、偶然アート作品に遭遇するお客さん達。足を止めてみてみるものの、「ふぅん」となんとなく納得したふりをして通りすぎていく。あぁ、レジャーにアートは敵わざりけり。などと思ってしまった。
でも、アート作品によってハッピーな雰囲気が増していたのは確かだし、それはそれでよかたと思う。





 
 


→後編に続く

2010/10/09

10/07 児童館巡り

光が丘児童館、北町児童館、平和台児童館、春日町児童館を自転車で巡ってきた。


各館の館長や職員の方々と顔を合わせて話をする。郵便で届けるだけのものとは、全然違う影響があるんだろうな。あとあと。


それから新聞に出た効果はやはりものすごく強い。「あ、新聞に出てた方ですね」「以前新聞でみたことあります」ってね。

あとは、職員間のネットワーク。「あぁ、これ安藤さんがやってるやつでしょ?あ、名前書いてある」っていう言葉をところどころで聞いた。


「うちでも一日ぐらい何かしてもらえたらいいのかしら。また提案させてくださいね」と言ってくださる方も。


春日町児童館でかばちゃんに久しぶりに会い、近況報告。かばちゃんこと蒲田明義氏は、アーティスト・イン・児童館の前身「いつものまちだっせん作戦」の頃からぼくの活動を応援してくれてる。実に8ヶ月ぶりくらいだったのかな?話したいことが多すぎて、うまく言葉が出なかった。


最後は中村児童館であんどーなつ氏とちえちゃんとMT。柿の種食べながら安藤さんと話す。最後は学童のおやつで作ったじゃがバターをいただく。これを作ったジャイちゃんは本当に食いしん坊なのだ。