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2012/10/20

コミュニケーションの連鎖に、小さな変革が


今日は快快DAYで、こーじさんの「中村小劇場」。中村児童館で出演する予定の子どもたち+αと、ゼロから演劇をつくる。こーじさんはあんどーなつのインタビューを読んで、彼らがどこまでできるのかを知りたいということと、快快が指示を出すんじゃなくて彼らが考えたアイデアを作りこんでいく方法を試してみたいということで、こんな企画に。すごく良かったし希望がみえた。


「演劇をやろう!」っていう呼びかけと、なんだかんだで考えてたのが死に方だったりして、なんだか『りんご』と重なるところがたくさんあった。館内放送で「これから、中村小劇場はじまります。やりたい人は工作室へ〜」って言って、わーっと工作室に集まってくる。途中からよしくんとけんじろうも来て、悪役がまとまっていく。しょうえい、さえ、ちっひーにまいまい、そしてひなたは確実にやるき。そこにいたタクミとユウは一年生で、なんだかもちもちしてたけど本当に最後までやるんだろか、と思っていたけど、やりきったし王子役の死に方は見事だったなー。タクミはどこでやる気になったのかわからないけど、怖い話を読んであげたりして、「うっすん読むのうまいね」って言ってきたり、すごく頭のよさそうな顔してて「よーじ」のモデルになった子はこんな感じなのかなぁとか想像する。「よーじ」はもうちょっとやんちゃかなぁ。そういえば、100%夏休みが終わって児童館に行って、なんとなくキャッチボールしてたのがあの子だったな。

子ども一人ひとりのやり方とかモチベーションとかあって、しょうえいなんかはとにかく戦いたいというか自分の強さ誇示したがるし、けんじろうはどんどん変なことやってくるし、ちっひー、まいまい、さえにいたっては、私たちはY時に出る!っていう自覚だけははっきりしてるくせにいざ芝居してっていうともっちもちでもう立ってらんないくらい照れる。ひなたには強い誇りと自信があって、演技らしい演技をやはり確実にこなしていく。よしくんは安定のパフォーマンス力で、気の利いたセリフをアドリブで言ったりする。タクミは甘えん坊だけど、文美さんと舞台装置をぬりぬりし、しかも剣をもって唐突に舞台に立ち、そのままなぜか王子役になって最後までやってのけた。


15時から説明とアイデア出し。
「はい、やりたいこと言ってくださーい」
「はい!殺し合いがやりたい!」
「はい!森があって、お城があってそのなかに・・・」
「さえはなんかやりたいことないの?」
「えー、妖精、妖精」
「えー、カイトがピストルやりたいってー!」
「そ、そんな事言ってねぇよ!もうやらねぇよ!」
「そういう話なら、姫がいるでしょ」
「宝がいるんじゃない?」


とかいって思い思いのことをいい、次にグループ分けをして、泥棒チーム、姫チーム、妖精チームにわかれて小道具をつくる。剣、王冠、羽。んでこれをつくってるときにオルガとブランカが現れて、みんなヨーロッパ人の赤ちゃん初めて見た!かわゆー!ってなって、とにかく小道具をバタバタと作る。それをつくったら、今度は稽古。

「はい、じゃあみんなは妖精だから、宝守って。なんか言って。」って言ってこーじさんの丸投げすごい。妖精たちはパタパタしながらてれってれで「恥ずかしい!どうしていいかわかんない!」とか言う。はいはいってなって、「はい、じゃあここで泥棒出てきて」っていったら男子たちが調子にのって出てくるが、とにかく罵声を飛ばして自分で笑ったりとかして全然進まない。照れるわやりすぎるわ途中から入ってくるわでバッタバタ。お前らもっと後ろに下がれよ!とか、この線からそっちに出てくるな!とか、距離が近いよ!とかこーじさんがいろいろ指示を出すけど、お客さんだったら「別にお前が面白いのであってこっちは面白くねーよ」的な気分に簡単になっちゃう感じの雰囲気。そうこうしてるうちにもうすぐ五時になってしまって、学童クラブの子たちは帰らなきゃいけない!となると、早く本番をしなければ。

というわけで暗転して、スポットライトで照らして、劇が始まる。

出来上がったのは、
「一人の王さまがお城に暮らしていて、宝物を守る妖精がいて、そこに泥棒が現われ、宝物が奪われてしまう。
剣士と一緒に王様が森の中にいくと、泥棒たちが酒盛りをしていて、お宝を帰して欲しければおまえらの城にいる2人の姫を連れてこいという。
翌朝、王様と剣士が姫を連れて森へいくと、泥棒が泥酔して寝ていて、目が覚めたら喧嘩を売られる。
姫をよこせばお宝をやってもいいが、その前に剣士と対決させろ!と言われ、剣士と泥棒のボスが戦う。
ボスも子分も何とか倒すんだけど、闘いで傷ついた剣士も死んでしまう。
姫たちが実は剣士の事好きだったのに、って言って泣く。
そしたら妖精たちが剣士を生き返らせて、かわいそうだからっていって泥棒たちも生き返らせる。
助けてくれたのはあなたたちですか?とかいって泥棒は王様に仕えることになる。
おしまい」
みたいな話。

なんか思ったのは、稽古のとき、他の子がやってるのをみてあーだこーだと口出しする子がたくさんいることや、なぜか客席に座ってたのに悪役のことを殴り始める子とか、けんじろうはなぜかダンボールの鎧?を着てたのでみんな殴りやすかったんだろーな、とにかく口や手がでる。もっとこうやってセリフ言うんだよ!みたいに上から目線でやじを飛ばす。「おい、そんな事言うならおまえあとで見せてみろよ!」とこーじさんがショウエイに言うんだけど、ショウエイはやってやんよ、みたいな感じでこれまた喧嘩腰。でも実際舞台に経つとまたぜんぜん違うダメな所が出てくるんだけど。とにかく、演じてる子に対して、じれったいのか歯がゆいのかなんだかわからないけど、自分のことを憑依させてしまうらしい。身を乗り出してやじを飛ばしてたもんなぁ。人がやってるのを観る、次に自分でもやる。その繰り返しなんだと思う。

彼らは今日、シナリオ、小道具や衣装、舞台装置、そして稽古をたったの2時間でやり、最後にはお客さんも入れてスポットライトを浴びながら演じきった。演劇のプロセスを2時間に濃縮したものを経験した。この積み重ねなんだろ~なーきっと。今は未だ、シナリオに関して言えばなんか見たこと在るような話を真似してつくっただけだけど、そのうち《Y時のはなし》がこうやって子どもたちとふれあう中で生まれた物語なのだということを、実感したり想像したりしてもらえたらいいなぁと思う。とにかく、あとに2回ぐらいは中村小劇場で稽古かな?2回やったらかなりレベル上がりそう。

お客さんとして発表を観る子もいるし、職員も観る。みんなやりたくなってしまうかもしれない。そうやって演劇をつくるという空気が館内に充満すると、表現すること、演劇することに抵抗がなくなってよりクオリティの高い表現をしたいとみんな思い始めるはず。小さい劇場のハコができたことで、児童館のコミュニケーションの連鎖に、小さな変革が起きた気がする。変革の積み重ねで、演劇をつくる空気に変質していくはず。

けんじろうに「今日の反省点は?」と聞いたら、「えーと、剣士と戦うところの場面が長すぎる。もっと死に方を工夫しなきゃ」とかいってまともなことを言う。よしくんしょううえいはなんて言ってたかなぁ。快快リーダーよんちゃんは、「まだまだ全然だめ!」とおもいっきり駄目出し。「どうしたらうまくできますかー!」ってけんじろうふざけて聞いてたけどまんざらではない様子。演技って恥ずかしいけど、普通に自分もやるってなったら恥ずかしいけど、どうやったら恥ずかしくなくなるんだろう。毎回反省会したらおもしろそうだな。あーなるほどね、リフレクションなんだね自分がやることも、他の子がやることも、あるいは大人がやることも。

絹代さんがなかよし児童館で「ウルトラバトル」を、こーじさんが中村で「中村小劇場」を、そしてゆいさんが東大泉で小道具作りをはじめる。東大泉もなんかそういう設定作ってあげれるといいな。各地で起きてる小さいイベントが12月1日2日でつながっていく。サードプレイスのプロデュース、にふさわしい感じになってきた。楽しみだなぁ。

2012/10/19

サワースウィートで微炭酸

今日は、Y時のはなしのフライヤーの入稿が終わって、天野さんお疲れ様でした。
午後一で中村児童館にスケジュール調整に行き、ちえちゃんとのミーティングは楽しく、りきって子のことを話したりした。

その後チャリンコのパンクを直しにいって、その待ち時間にマックで本読みながら待ってた。『ディスコ探偵水曜日』は運命と意志と時間と空間と子どもと未来と過去をめぐる謎の話で、読んでて励まされることこのうえない。

自転車に乗ってすすすっと光が丘に向かい、こちらでも日程調整。職員の小林さんといろいろ話してて、彼女が6年間で培ってきた関係性のなかで、Y時のはなしの企画に一押ししたい高校生に連絡をとってくれた。高校生にはっきり物を伝える姿勢とか、「来なさいね」ってお母さんみたいに言う感じとか、すごくリスペクト。


来週実施する企画。ポスターは快快の野上絹代さん。

演劇部で演劇をやっているという高1のゆうさちゃんと話をする。ウェブで快快のこといろいろ調べてくれたみたいで、かなり興味を持ってた。「学校で薬物乱用防止のキャンペーンの劇をしなきゃいけないんだけど、なんとかこっちに参加できるようにします!」って言ってくれたり、まわりのこに「ねぇねぇ!演劇やろうよ!」って誘ってくれたり、なんか高校生の集まりの企画つくったりしてるらしい。ムードメーカー。

高校生たちのあのサワースウィートで微炭酸な感じ、あの感じのなかでまた企画ができることを、本当に嬉しく思う。これからの一ヶ月が本当に楽しみだ。


が、そのまえに!Form on Wordsの大一番、「ジャングルジム市場」がある。光が丘から外苑前に移動し、古田さん、みぃちゃんもえちゃんと打ち合わせ。アージによる演出がもろもろの鍵になりそうだ。アー児チーム、まさかのパフォーマンス体験ですね、楽しみです。



アサヒ・アートスクエアの巨大な空間を使って楽しめることを、これまた大変嬉しく思う。現場で、実際に物事が動いていく感じ、たしかに理想通りできなかったらどうしよう、っていう焦りもある。任意のチームだから、だいぶグズグズだったり、無責任だったりすることもある。60万円という予算規模で、最大限に力を発揮できたか?と言われればそうではないと思う。でも、確かにモノゴトは動いてきた。そしてここまできた。

来週あたま、いよいよジャングルジム市場の棟上げです。


2012/10/11

時間をつくる、意志

人は「時間が・・・」というときに「時間がない」「時間があれば・・・」というけれど、時間とは人の意志でつくりだすものであって、あらかじめ定められているわけではないということ。

誰かに会いたい、とか、どこどこに行きたい、とか、そういう意志があって、はじめてその場所に行ったり人に会ったりすることができる。これは、他の予定を押しのけてでも時間をつくるっているわけで、時間があるから(暇だから)というわけでは決してない。

ただその選択肢が過剰になりすぎて、どの選択肢も悪くないんだけど選びきれない!という場合もある。そういう時に人は「予定が合わなくて」「時間がなくて」と言う。

しかしそれは、そこに行くことを選ばなかった、という自分の過去の決定のせいなのであって、誰かが決めた予定によって妨げられたわけではない。全部自分で決めているということ。時間は全部自分でつくっているということ。

何故こんなことを書くかというと、最近ぼーっとどこかへ行く事が増えて、何か考え事をしたり書物をしたりすることが随分と減ったから、それは一体なんでだろうと考えた時に、動きたいという意志があり、動くために時間をつくろう、という気持ちがあるからだと気づいたからです。

2012/10/10

ゴールまでの距離がわかるほうが、走るスピードがあがるように。

アサヒ・アートスクエアでの3日間のワークショップが終わった。
参加して下さったみなさん、貴重な時間をありがとうございました。

ぶっちゃけこのプロジェクトは、参加してくれる子どもや大人の労働力をもらい、そのかわりに面白い出来事をつくって体験してもらう、という経済でやっているので、参加者に「持ってかえってもらうもの」は経験でしかないから、参加者はぱっとメリットが思い浮かばないかもしれない。

「巨大なジャングルジムができるよ」とか「子どもたちがつくったものを売るよ」とか、面白そうなことを言っているけど、いまいちピンとこない感じがある気がする。正直言って、ぼくもピンときてない。

BUGHAUSのみなさんや、蓮沼執太さん、そしてForm on Wordsのメンバーがいろいろものや事をつくっていく過程を見て、逆に「あ、こういうふうになるんだー」「こんなふうになったら面白そう!」という想像力の広がりをつくってもらっている。

想像力が広がることは、モノゴトの推進力にもなる。ゴールまでの距離がわかるほうが、走るスピードがあがるように。


というわけで、月末にあるForm on Words ネクスト・マーケット「ジャングルジム市場」、お見逃しなく。

http://www.formonwords.com/

2012/09/30

約束、あるいは願いごと

子どもたちと、「約束」をすることが多い。

「来週の金曜日、アニメつくるから来てね」

「8月の20日にファッションショーやるから、絶対来て!」

「わかった、金曜日ね。来たらポテチおごって。」

こんな会話を児童館ですることがよくある。

「約束」というのは「願いごと」に似ている。願い事は、それが叶うかどうかはわからない。誰かが叶えてくれるわけでもなければ、自分の願うことがすべて実現するわけではない。豊穣な選択肢の中で、お互いの意志の交わるところに、「約束」と言って想像した未来が形になって現実になる。

こちらはプロジェクトを成功させたい一心で活動をしているけれども、子どもたちの放課後には「習い事」や「家族の用事」や、友だちとの別の約束や、さまざまな選択肢にあふれている。その中から、このプロジェクトに参加することを選ぶ、というのは気持ちの強さと、そこで関わる大人への信頼を要する。

安易な約束は、苦々しい義務を生むだけ。信頼関係と、楽しそうなものへの期待のもとの約束は、心強く、心地良い。いい約束をし続けたいと思う。


2012/08/26

昂揚、会話


今日は中村小学校の芝生の校庭でキャンプ企画。館長とちえちゃんとイベントタイムだけ見学に行った。写真は「えだまめ王子」のライブ。

夏休みの最後を、校庭で、家族で、キャンプ。みんないるし、夜でも会えるし、こりゃァ楽しいだろう。みんなテンションが高まってた。中学生とかも、スカしてたけど、気持ちは昂揚してたはずだ。



《100%夏休み》で出演してたウィングらいまやシールドりょうすけ、泥のしょうたろうも来てて、お父さんお母さんとも話ができた。

小一男子がきゃっきゃ言って走り回ってる中で、りょうすけは

「ファイファイのさぁ、こーじとか、しんちゃんとか、しろーとか、みんな元気?今何してるの?」

しんみりと聞いてくるので、

「みんな新しい作品つくってて、稽古がんばってるんだよ」

と言うと、

「へー、新しいのなんだ。観に行きたいな。おれ、本番も絶対がんばるから、練習始まるとき言ってね」

と。なんか別にそんなたいしたことじゃないんだけど、こういう会話が嬉しくてやってんだなーと思う。「会話」ね、「会って話す」っていうことね。

完膚なきまでにいい企画にしてやろうと思った。12月の、Y時のはなし。



2012/07/23

子どもあそびばミーティング

YCAMに3度めの訪問。毎回美味しいお刺身食べて、日本酒飲んで、たくさん話して知識を得て、楽しいことばっかりな仕事もこれで最後。詳しくは今度まとめて書きますわ。

子どもにアイデアを考えてもらい、そのアイデアによって公園の機能をアップデートしていく、ということをするんだけど、子どもにアイデアを考えさせるとき、評価の対象になるのは、2種類ある。1つは大人がやってることのきちんとした「再生産」。滑り台がある、砂場がある、ブランコがある、といったようにデフォルトの公園を再現する能力。もう1つは、放ったらかしの「自由」。公園にワニがいる、ドラゴンがいる、魔法の杖がある、みたいに非現実的で実現性のないアイデアを描いたものが「独創的」という理由で評価されるか。そのどちらかが多いんだけど、ぼくはどちらもしょうもないというか面白くないと思っていて、「再生産(=規制)」でも「自由(=放棄)」でもない、「ひずみ」を生み出す仕組みを考えたかった。ヘンテコかつ具体的なアイデア。その表出のシステムを「大喜利」という形式を組もうとしてたのが今回の子どもあそびばミーティングでした。これについてはまた今度。

その「ひずみ」にこそ希望や未来がある、ということを、ぼくは実践し続けていきたいと思っているし、そのための実践の数々であると思っている。今すぐに認められる、とか、今すぐにわかる、とか、そういうものはすでにある定式に当てはめられてて、新しいものにはなりえてない、というのはもうよくわかられていること。

誰かにほめられることよりも、驚かせることのほうが価値あることだということを、どうやったらシェアできるかな。いいね、なんて誰にでもいえる。