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2014/01/07

思っても見ない一筆や、自分の意表をつく展開

ぼくが生涯一度しか読んでなくて、でも大好きな小説に舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』がある。


アメリカ人探偵ディスコ・ウェンズデイは孤児として生まれ、迷子専門の探偵として東京の調布に住んでいる。またの名を踊場水太郎(本名:ウィリアム・イーディ)。依頼人に頼まれて見つけたけど引き取りてがいなかった梢(6歳)と住んでいるんだけど、あるとき急に17歳の梢(?)が、6歳の梢の中に入り込んで、未来からきたとかどうとかで、ひょんなことから福井県にある「パインハウス」にふっとんでしまった梢を救うために、名探偵たちの連続自殺事件という難解事件の解決に挑む・・・

みたいな話なんだけど、中巻ぐらいからとにかく情報過多で、なんのことかよくわからないことが次々と起こっていく。ただ、ディスコがひたすらに梢のことを救おうとしていて、わけのわからない出来事の洪水を泳ぎきろうとする意志の力だけがはっきりと感じられる。2000ページぐらいの超超長編なのだが、後半そのスピードは加速し、ディスコは時空をしっちゃかめっちゃかに行き来して、なんとか梢に辿り着こうとする。

そしてその素晴らしい書評が載ってるブログを見つけた。

イワンの末裔 ――『ディスコ探偵水曜日』と舞城王太郎

ここで引用されている一文。

「作家の小説が思い通りの筋道ばかりを辿るわけじゃない。でもそこには思っても見ない一筆や、自分の意表をつく展開ってあるじゃないですか。――物を作るとか創造することって全てが経験で得た知識を組み合わせてるだけじゃなくて、どこかで、ゼロから何かを生み出してるんですよ」

"思っても見ない一筆や、自分の意表をつく展開"

なんというか小さな小さな奇跡が、ここにあるんだと思う。子どもに絵を描いてもらっているときに、ときおりこの「思っても見ないもの」が現れる。その瞬間の、ある子に対して貼っていたラヴェルを思い切り引きちぎられ、立ち現れたものが理解できなくて戸惑い、ゆさぶられ、ときめいてしまうあの感じをつかまえたいといつもどこかで思っているんだなぁと、今この文章を読んでいて思った。