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2012/02/26

時間をつぶす。時間をつくる。

児童館は時間をつぶすための場になってほしくないなぁと思う。
アトラクションは、時間をつぶすための時間をわざわざつくっている。児童館がそうなってほしくないなぁと思う。

時間をつくる、というのは2つの意味があって、1つは予定をあける、という意味。
もう1つは出来事や状況をつくる、という意味。「時間をそだてる」とも言えるかもしれない。

前者は、時間がスケジュール帳のようにグリッドにわかれていて、その1マスを何かの目的のために空けておく、という考え方。これは、その1マスが塗りつぶされることを期待していて、その時間を塗りつぶす、片付ける、という思考につながっていく。ひとつひとつ消えていくタスク処理の快楽を味わうためにこのグリッドの時間の考え方は有効。

後者は、時間を蔦のように伸ばしていくイメージ。ある出来事が生まれ、つながり、派生していく。失敗すればその時間は枯れ、伸びない。出来事から別の出来事へと連鎖をつくり、未来も過去も縦横無尽に移動する思考を生む。こんなふうに方々に伸びていく時間のつくり方・そだて方を知っているのが演出家であったり、美術家であったりする。音楽家もそう。それぞれ別の方法だけど、芸術家は「つぶす」とは別の感覚をもって、他者との間にある時間を育て上げている。

なんか今日話していて、児童館を開いていく、今のこの《全児童自動館》は、児童館に観客をつけ、育てていく活動にもなっていくんじゃないかなと思った。ナデガタの方法は、普通の素人の仕事を面白く見立てる。今回は中高生がその見立てられる側、になるわけだけど、その見立ての技術をしっかり見ておいてほしい。そして大人のお客さんがたくさん来る(呼ぶ!)から、大人がどういうところを楽しんでいるのかをよーくチェックしておいてほしい。そして、これから大人を楽しませる/驚かせる/裏切るものをつくっていく方法を、実践してほしいと願う。第二回全児童自動館があるとしたらほんとみんながつくったらいいよ。ぼくも応援するし。

壁に守られた、時間をつぶすための場所は少なくなっていく。そこでの時間をつくり、そだてていく主体はだぁれ?という話になってくる。




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