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2015/07/06

新しい古着の遊び方 その1

6月28日(日)は友達の誕生日で、なにかと印象に残っている日なのだけど、今年のこの日は「浅草橋天才算数塾」という場所で、「浅草橋古着サロン《新しい古着の遊び方》」というトークイベントがあって、FORM ON WORDSとしてぼくと竹内さんで参加した。

前回4月に開催されていたときに遊びに行ったのだけど、それがすごく面白かった。TIME OUT TOKYOから引用すると企画概要はこんなかんじ。

会場ではトータルコーディネートで1万円以下の古着の展示販売する。出店者は、セクシーキラー、中嶋大介、平山昌尚、軸原ヨウスケ、嶺川貴子など。「ヴィトンのバッグを持ち、フォーエヴァー21の服を着る。ニューバランスのスニーカーを履き、アークテリクスのバックパックを背負う……」といった画一的な巷のファッションに対して、無限の選択肢を提示する。

で、その時の写真がこれ。



ぼくは津村耕佑さんがコーディネートしたというセットを買った。もともとぼくは他人の服を着るのが好きで、「半分自分で半分他者」みたいな感じがするのがとても居心地がいい。ここで販売されていた誰かが組み合わせた服はもはや他人の抜け殻をもう一度着ている、みたいな気分になって面白い。このイベントのコンセプトは自分の洋服の消費の仕方にとてもよく合った。

今回のトークイベント「新しい古着の遊び方」では、デザイナーであり『展覧会カタログ案内』や『アホアホ本エクスポ』などの著作で有名な中嶋大介さん(フィナムでのブログ「eat,buy,repeat!」が面白いです)と参加者を交えて、服の消費の仕方についてあれこれと話をした。

話題は「ファストファッション」と「古着」の比較で進んでいった。



ファッションコーディネートの検索ができる「WEAR」など、アプリを使えば、「失敗しない服選び」を誰もができる。自分の体型に近いオシャレな人をフォローして参考にするだけでなく、その人が身につけているアイテムを買うこともできるようになっている。指先でタッチパネルの画面をめくりながらコーディネートできる時代だ。かつてはメンズノンノなどのファッション誌が「この夏はチビTだ!!!」と言っておきながら、数ヶ月後には「まだチビTを着ているやつがいるぞ!」と、流行遅れの不安を煽るようにファッションがかたちづくられていた。一方現代では、ある種のビッグデータ的なものから、流行がつくられる。

「ファストファッションは、そうやって流行にもすぐキャッチアップしているし表層的な見た目はいいとしても、縫製はどうなのか?品質はよいものなのか?」という疑問もでたけれど、これまた縫製もよくできているらしい。ロット数が多い方が、やすく、そして縫い子さんたちが慣れるから、縫製技術も向上した状態で納品されるらしい。

じゃあもうファストファッションでよくね?ってなるところ、古着好きの側の意見。古着は、着こなすには工夫が必要になるし、新品のようにぴったりのサイズというのはなかなか無い。サイズや形が身体に合わない、ということから着ることを楽しむのが、古着の楽しみだ。

最近読んでいた本で『空間の経験 身体から都市へ』という本がある。そこには、空間の知覚とは、視覚と触覚と運動感覚による、と書かれている。

「服に袖を通す」という体験は、その意味では「空間の経験」だ。腕がスルリと筒状の空間を通り抜け、しっとりと生地が皮膚を撫で、背中と胸とおなかをふわっと包むときの感覚をもって、その服の心地を把握する。

新品の服は、身体や時代にスーツするようにできている。古着には、そもそも日本人の体型に合わせて作られていなかったり、シルエットが古い時代のものだったりするので、袖を通したときにぴったりこない。むしろそのズレや余白感、違和感を楽しむ、というのが古着の楽しみ方なのだろう。

触覚文化としての服と、服の物語経験についても話が出たし考えたことあったけど、ちょっとそれはまた次回に!


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