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2011/10/13

壁を通過して向かう先

今日は占いの工作を手伝って、平和台児童館に行ってきた。一日過ごし、小学生バンドの演奏を手伝ったり、中学生とだらだら話したりしてきた。こんなことをいきなりできる児童館も少ない。とても居心地がよかった。

それとは別に、それは今大きな壁を前にしているなぁと感じていることがある。世田谷区で2.7マイクロシーベルト毎時の線量を検出したらしい。放射線が原因で自分が死んでもたまらないし、知人・友人がそれで病気になって死んだりしたら、ぼくは何に怒ればいいのか。またそうならないために、今住んでいる土地を離れるとして、そこから先どうしていけばいいのか。「かつて国があった。」映画『アンダーグラウンド』を通じて描かれたユーゴスラビアのことを思わざるをえない。

創作や表現にかかわる活動をしていると、大小さまざまな壁にふさがれる。ふさがれていることさえわからない細く小さな壁や、目の前にするとうろたえるほど大きく長い壁など、さまざまだ。壁のないところを選ぶことはできる。ただ、表現や創作にかかわる活動はあえて壁のあるところを進もうとするもの。

壁に出くわしたとき、選択肢は2つある。その壁を遠ざけ、避けるか、壁をほぐして、ほつれの中を通るか。あるいは壁を攻撃し、倒すこともできるだろう。でもそれはやっちゃいけないと思っている。攻撃し、圧倒すべきは目の前にある壁ではなく、その壁をあらしめている何かなのだ。

たちふさがる壁は、ほぐして通過するべきなのだと思う。たとえ時間がかかったとしても。経験を積めば、壁の種類とそれをほぐす方法と、ほぐすのにかかる時間がわかってくるはずだ。前もって準備ができる。壁との出会いを想定して時間を組むことができる。

壁を通過して、向かう先を考えなければ。「前に逃げる」という誰かの言葉を思い出す。





FNNニュース:

映画『アンダーグラウンド』 エミリー・クストリッツァ監督作品







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