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2010/11/03

11/03 風邪と夢の話

風邪らしい風邪をひいた。熱が出て何も手に付かなくなるほどの風邪は何年ぶりか。

昨日、広報についてミーティングしてきたので、作業を少しずつ進めなければ。

それにしても、昼間横になってうとうとしている間、変な夢をみた。

ぼくはフェンスで囲われた雑草だらけの空き地の中にいて、テーブルが置いてあって、そこで児童館で仲の良いゆうまとなにやら作業をしている。どうやら「ことばのかたち工房」を草むらで開催しているらしい。そこで誰かがビデオを撮影している。多分、ぼくの大学の先輩のいとしょくんだ。ビデオカメラのモニタを見ながら「似てる似てる!」と言っている。ぼくはそのモニタを覗き込んでみた。

(カメラのアングルで夢をみている)
そこには、何かを考えながら作業をするゆうまと、彼の気持ちを探っているのか、挙動不審に目を動かすぼくが写っている。ゆうまは水色のパーカーを着ていて、ぼくは黄色のパーカーを着ていて、二人ともフードをかぶっている。
「ほんと、よく似てるからちょっとそこにたって並んでごらんよ」
といって、先輩はぼくたち二人を木の影にならべた。確かにぼくらはそっくりのペアルックだった。

(ここから主観に戻る)
立ち上がって作業が中断したのをいいことに、ゆうまはぼくに蹴りを入れてきた。もちろん、じゃれ合おうぜ、という合図だ。ぼくはそれに応じて取っ組み合って、彼をゴロゴロと転がした。ごろごろごろごろ、草むらの中を、輪を描いて転がる。するとそこに、お椀型の穴ぼこができた。ぼくはその穴ぼこの底で動けなくなった。目の前には草むらを囲うフェンスがあり、そのフェンスの一面が、惡魔の顔をかたどったレンガ造りの城壁に変わった。

(カメラ/場面転換 城壁)
その城壁には紅く火がついていた。轟々と燃えているのだが、それはパラフィン紙のような2次元の炎の模様で、その周りを白いゴマ粒のような兵隊がわらわらと動いている。「火を消せー!」とわめきながら、蛇口を大勢でひねって水を出しているけれど、水はほとんど出てこない。

(主観/場面転換 別室)
その情景が、急にブラウン管に映し出された映像に変わった。このとき、別室にもう一人のぼくがいて、モニタ越しに白い兵隊たちやそれを動かすスタッフに指示を出している。「もうちょっと火を強めて!そいつらもっと激しく動かせないかな?あぁー城壁の色、ちょっと赤くし過ぎかも」
とか言いながら。

(主観/場面転換 空き地)
穴ぼこで動けなくなったぼくを尻目に、ゆうまはぼくから離れていく。そして城壁の方へ走り、ぴょーんと3メートルぐらい飛び上がったかと思うと、燃え盛る城壁を飛び越えてしまった。また彼が城壁を飛び越えてこちらにくるぞ、と気づいていたぼくは、彼が飛び上がると同時に「ベムラー!」と叫んだ。壁の向こうから飛び上がってきたのは、影のかたちをした、コミカルな惡魔だった。

(主観/場面転換 体育館)
惡魔がぼくに飛び掛ってきたところで、ぼくは別の場所にトリップしたようだ。そこでは中村児童館のゆうとが、プロレスラーの衣装を着て準備体操をしていた。
「うっすん、最近のおれすげぇんだよ、あの団体に売り込んで前座の試合に出てさぁ、ボクシングの前座でもプロレスやらしてもらったんだよね。そうそう、だからもう最近腕筋つきまくりで、ほら」
そういって腕の筋肉を見せながら、ゆうとは楽しそうに語っている。そこにしげがやってきて、いつもの調子で言った。
「じゃあ、あそこで野外プロレスの興行やろうよ!」

(主観/場面転換 空き地)
空き地に戻って来た。ゆうとの入場を待って、緑色の怪獣の着ぐるみを着たしげが、マイクパフォーマンスの準備をしている。対戦相手はどうやらぼくのようなのだけど、ゆうまが飛び越えていった城壁がまだまだ燃えている。

(カメラ/場面 城壁)
ゴマ粒のような兵隊たちが、懸命に日を消そうとしている。蛇口からの水も溢れ出しているのだけど、それが逆に炎を煽ったようで、ますます勢いを強める。

(主観/場面 空き地)
城壁から草むらへと、炎は写り、燃え始めた。でもこの炎は薄っぺらいパラフィン紙で出来ていて、実際に燃えているわけではないのだが、バチバチと音を立ている。しげは炎に気づいていない様子で、ぼくも穴ぼこのそこに寝転んだまま、そのおもちゃの炎が空き地を焼き尽くすのを眺めていた。



というところで目が覚めます。児童館の友人たちが夢にでてくることはよくあるのだけど、この「フェンスに囲われた空き地」と「惡魔の顔をかたどった城壁」と「白ごまの兵隊」、「パラフィン紙の炎」、そして明確なアングルの変化と別室で支持を出すもう一人の自分。というのが何かを暗示しているように思えてならない。後に何かわかるかも知れないので、ここに記録しておきます。

2010/11/01

10/31 『完全避難マニュアル』(構成・演出:Port B)

10/30より、『完全避難マニュアル 東京版』がスタートしました。http://hinan-manual.com/



実はこれ、会期が始まってから進化する演劇。ぼくが担当している避難所は、まだ始まってすらいません。今日(10/31)は池袋にてミーティング。あまりに面白いミーティングで、興奮してしまいました。『完全避難マニュアル』は完結せず、循環する裂け目から現実にリンクしていきます。今はまだ何も言えないので、ぜひ体験してください。

2010/10/30

10/30 東大泉児童館あきまつり

10/30 東大泉児童館あきまつりのボランティアをしてきました。


寒くて暗くて冷たい天気にも関わらず、1000人近くの来場者。すげぇなぁ、相変わらず。


アーティスト・イン・児童館創設当初から、東大泉児童館の担当職員だったよっちゃん(高橋陽子さん)がもうすぐ産休に入る。二人目の子が生まれるそうだ。予定日がぼくの誕生日と近くて、何かあうるのかなぁと思ってしまいます。


凛として、冷静な彼女とは、何度か意見を交わしたこともあったし、食い違うこともあったし、いろんな時間を過ごしてきたように思います。そんなよっちゃんの、集大成じゃないけど、気合の入ったあきまつりを見せてもらった気がしました。


彼女と一緒に呑めるのは、2年後くらいになる。よっちゃんの呑みっぷりは豪快で、かっこいいのだ。

10/29 松戸へ。ナイロビと児童館。

10/29 西尾美也さんと打ち合わせに、松戸へ

この日は松戸アートラインに参加している西尾さんのところへ、作業を手伝いつつ打ち合わせするために、松戸の工房へ。松戸駅は始めて降りたけど、大泉学園から1時間足らずでついてしまう。千葉は意外と近いので、都内にお住まいの方で西尾さんの活動に興味がある方はぜひ遊びに行ってみては?

事務局の方や、工房となっている邸宅を貸している地元の方にも会うことができ、プロジェクトの進行具合を体験することもできました。アーティストの池田剛介さんも、制作を進めています。


この日は4時間近く作業をしながら話をしていたので、いろんな話題が出ましたが、メインはお互いの来年の構想と、オープンミーティング第2会の話。

西尾さんは現在申請中の助成金で、もしかしたら来年からナイロビに長期滞在するかも知れないとのこと。来年3月にナイロビ・レジデンスが開催されますが、その先にはさらに彼の長期滞在型の制作プロジェクトが待ち構えています。ぜひ、実現してほしい。

「ナイロビ」という、西洋を中心に発展していった美術表現の技法・言説が通用しない場所で、敢えて美術を実践し、その土地の文化と現代美術の文脈を同時に更新していこうとする西尾さん。

その企みには、僕たちの「アーティスト・イン・児童館」と不思議なほど通底たものを感じます。言葉を超えたコミュニケーションを必要とする「子ども」たちの生活の場に足を突っ込みつつ、美術の文脈へのコミットを考えている。場所は違うけど仕組みは限りなく似ているのでしょうか。

そんな「アーティスト・イン・児童館」は、来年度展開されるプロジェクトの報告をぜひ美術館で、展覧会形式で実践したいと考えています。なぜそれをやりたいと思っているのかはまた今度。

その来年度のプラン構築に向けて、11月27日にオープンミーティングの第2会が開催されるわけです。西尾さんには「ことばのかたち工房」を中心にこれまでの制作活動を紹介しつつ、「ことばのかたち工房」の発展形を考えてほしい、とオーダーしました。来年、「ことばのかたち工房」のルールを更新したプロジェクトを何かやってみたいと考えているのです。「くふぅく」のように遊べる作品を持ってきてもらい、お客さんに身につけてもらいながら話を進めていこう、というアイデアが出てきました。

次回のオープン・ミーティングのタイトルは「児童館から地域へ 新しいコミュニケーション・ルート」です。児童館を作業場、町を発表の場と捉えた「ことばのかたち工房」の実践は、児童館から生まれた作品が移動して町に届ける新しいコミュニケーションの回路を切り開いています。ですが、そのモデルはもうすでに十分に提示され、すでにマンネリ化してきているという実感も。そこで来年は、その「作品の移動」にフォーカスしたプロジェクトを構想したいと考えました。児童館と地域の境目を越え、児童館とその他の施設の境目を越える、装置なのか、パレードなのか分からないですが、「越境する何か」をイメージするミーティングになるといいな、と思っています。児童館の職員や中高生からアイデアがでたらめちゃめちゃ面白いです。

松戸にはプロジェクトが始まった頃にもう一度行きます。石幡さんの「代本板」も参加していることだし。松戸アートライン(11/20~)。乞うご期待。

2010/10/29

10/28 快快『アントン、猫、クリ』

10/28 横浜はSTスポットに快快の『アントン、猫、クリ』を観に行った。

久しぶりにお金を払って、舞台に行った。STスポットは小さな会場で、客席とパフォーマーが近くて、汗とか吐息とか、体温まで伝わってくる。もう、めっちゃくちゃ楽しかった。笑わせるし、考えさせるし、気持ちいいのだ。ポイノさんが作曲したという、あの2分くらいの四重奏が凄まじい。言葉と風景と、人の仕草と、物語を、まぜこぜにしていくんだけど、それがただのカオスじゃなくて、一定のルールとそのずれの中で繰り広げられるから気持ちイイのです。ルールにハマった瞬間に「あ!」と思い、ズレている間に焦らされた気持ちになります。

2008年に一度公演しているこの『アントン、猫、クリ』だけど、これは演出の篠田さんが住んでいたアパートで起こっていた、猫をめぐる物語を作品にしているそうです。実際に近所に住んでいた人たちにインタビューした時の音声も、劇中に流れています。




第2部はゲストで来ていた、小沢剛さんとポイノさんが作品についてコメントしていくのですが、この二人と快快は10月3日に府中市美術館で「トレース・ザ・できるかな」というパフォーマンスをしています。お菓子の缶や布地を、白く塗って、その模様をもう一度描く、ということを府中市美術館で実践している小沢さん、風景から読み取れるものを言葉にしてオーケストラにする『音楽映画』をつくったポイノさん、その作品を演劇に引用した快快。という関係らしい。このオーケストラを、観客として体験してきましたが、なかなか難しい。

12月のトークの為に、小沢さんにも挨拶できたし、この間オバルのライブで会った篠田さんにも再会できた。今度、ナデガタのリサーチの日か、小沢さんのトークの時に、もしかしたら来ていただけるかもしれない。篠田さんが見てる児童館ってどんななのか、聞いてみたい。他にもナデガタ中崎さん、アサダワタルさん、のびアニキなどなど客層も面白い。

驚いたのは、毎回の公演のDVDを丁寧に自費出版してるってところ。今回も受付のところで販売してたけど、「小指値」のころからやってるらしい。今回はHEADSからでてる『Y時のはなし』を買ったので、今度マッカリでみてみます。

2010/10/28

10/24 中村小お祭り+magatama

10/24 中村小学校のお祭りと豊玉中の音楽祭へ。





この日、児童館の連中が中村小学校と豊玉中、両方のお祭りをはしごするというので、それを見に行くことに。中村小学校の芝生のグラウンドでは、立ち回りで見事なチャンバラ芸を(臼井は見逃したのですが…。)、そして豊玉中ではライブとMCのパフォーマンスを披露し、会場をヒートアップしていた。




ナデガタの山城さんも来てくれて、盛り上げに一役買ってていた。


なんっていうのかな、彼らはその場所にいって、何か人を楽しませて、自分も喜ぶ。吉本興行のようだ。

2010/10/24

10/23 OverAll + 中村児童館

渋谷から中村橋へ


この日は渋谷でOverAllの展示を見てから、中村児童館へ。

学園祭の雰囲気の中で、反物の日干しのように、織り上げられた一枚布のように、パッチワークの「渋谷川」は飾られていました。

シンポジウムでは、地域の方々や協力したパタゴニアの店長、古着をリメイクして作品を発表しているデザイナーと、西尾さんが出演。地元の商店街の方がいらっしゃるのは素敵でしたが、変な雰囲気でした。


美術家として西尾さんが実践している脱ファッションの実践が、全部ファッションの既存の理論に回収されていく。せっかく実践の体験ではファッションを抜けだしたかも知れないのに、その意味付けがファッションになっちゃったのは何か残念。ていっても学生たち寝てたりしてあんまり聞いてなかったけどね。


とはいえ、今回の実践は「ファッション」を全肯定したフィールドでやったわけだから、それはそうなって然るべきだったと思う。フィールド自体をずらした実践でないと、解釈もズラせない。

あらゆる実践に加えて、そのフィールドをズラしていく方法を、西尾さんと一緒に考えたいと思います。いろんなフィールドに介入する実践は積み重ねてきたから、今度はそのフィールドに居る人達を「移動」させる技法を編み出してみたい、ということなのかな。



続いてそのまま中村児童館へ移動。

明日は中村小学校のお祭りだから、なんだか気分も高揚している。でも、あんどーなつも館長もいなくて、ちえちゃん一人で大変そうだった。



この日、中村児童館がなぜこんなに居心地がいいのか、その理由が少しわかった気がしました。彼らは誰かの居場所を必ず守っているのです。積極的にも消極的にも、排除せず、そこに居場所を守ってあげる。用意する、というよりも、守っているような印象。



恥ずかしがり屋な人がいても、バックアップするベテランたちが居る。バンドのボーカルをやりたい、と言ったら、仮に実力が伴って無くてもやらせてあげる。ベテランたちは、コーラスや客席から彼を盛り立てる。



そうすることでベテランたちも居場所を確保している。すごく緩やかで、でも限界ぎりぎりの状態で、居場所を守っているのだと思いました。

今日は今から、お祭りに行ってきます。